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レジーナさんちの徒然黙示録

屋敷の一室にある雑記帳 今日は誰が何を綴るのか…

§ 翡翠の心 -第3幕-

【Red Hearts】


Side Story『翡翠の心 ~The Heart of Nephrite~』

 第3幕 『これがわたくしの答えですわッ!』





----フェレト=レジーナが、母・ネフリータに試練を課されてから1ヶ月。

課題とはいえ、歴戦の戦士であった我が母との対決。
圧倒的不利な状況に、父・シュラグノーらから魔道・戦術についての助言を受けたフェレト。
いままさに、今後の命運を決めるといっても過言ではない"時"が迫っていた。





焼く様な日差しが、採掘場跡地に降り注いでいた。
ネフリータとシュラグノーが待つ跡地に、ちょうどフェレトがやってきた午後2時。

「ふふ…、お母様、ご覚悟はよろしくて?」

「あらフェレト、昨日までとは…、ちょっと(特に口調が)違うみたいね。
どんな答えを出したのか、見せてもらうわ」

両者が向きあい、どこか楽しそうに不敵な笑みをぶつけ合っている。
しかし、ここ1月の様子を見ていたシュラグノーにはむしろ滑稽に見え、笑わない様にするのが精いっぱいだった。

「じゃあ確認するぞ。
ネフリータは一切の魔道の仕様を禁止。
フェレトはその状態のネフリータに自分から触れる、もしくは打撃による攻撃を加えれば合格だ。
ああ、フェレトには魔道の使用制限はないからな?」

そんな状況を打開するかの様に口火を切ったシュラグノー。
聞いているフェレトとネフリータは、黙ったまま頷くだけ。
すでに2人とも臨戦態勢だといえた。

「始めるぞ…」

シュラグノーはそっと2人に目配せして小さく口を開いた。
2人の間に立ち、右手を高く掲げる。
フェレトの脳裏には数日前のシュラグノーの言葉が浮かんでいた。

(いいかフェレト、今回の課題はお前の力量試し。
ネフリータもお前が動きを見せる前に一気にカタを付けるって事はないはずだ。
更に2人の能力差、1番の油断は始まった瞬間にある---)

「始めッ!」

高らかな声と共に腕が振り下ろされた。
ついに課題のスタートである。
1つの翡翠色がほぼ真横に靡く。

「先手必勝ッ!
アァースリフタァーーッ!!」

ガッ、ゴォッ!!

「あら…?」

走り出したフェレトのアースリフターで、ネフリータの後ろに石柱が現れる。
不意を突かれて思わず後ろを見返るネフリータだが、フェレトにそんな間を与えるつもりはない。
更にアースリフターを発動させる。

(イメージ…、槍を…イメージ!)

「ハァッ!!」

カシィンッ!

今度はネフリータの正面から少し歪な石槍が出現する。
その先端は勢いよくネフリータの顔に向かって延びた。

「惜しい…、けどその程度の不意打ちじゃ私は捕えられないわよ?」

が、寸前でその石槍はかわされ、後ろの石柱のみを穿っている。
片目を瞑ってウィンクでもする様にいってみせた。
しかし、肝心のフェレトの姿が見えない。

「せいッ!!」

更なる追撃、フェレトの拳撃が石槍の死角からネフリータに迫っていた。
フェレトの小さな身体と、すばしっこさならではの攻撃である。

「でぇ~もっ」

「…!?」

パッァーン!!

その拳撃すらネフリータには届かない。
もう少しのところで追撃を察したネフリータが、石槍を膝で蹴り砕いたのだ。
G-A最高峰と名高い格闘術を持つ者にとって、ただの石槍を砕く程度、魔道がなくとも難ではない。
逆に不意を突かれた事で、フェレトは後方に飛んで距離を置いてしまう。

「…最初っから攻めてくるとは思わなかったわ~。
いいトコ付いてたし、退路を断ってから石槍、ダメ押しの打撃…と、なかなか考えたわね。
ちょっとだけ危なかったわ」

「……」

腕を組んでうんうんと唸る様に余裕を滲ませるネフリータ。
フェレトは体勢低く構えをとったままネフリータを見据えている。

「母様…、魔道がないっつってもスペックがチートなんじゃないの…?」

逆に余裕がなくなって母を皮肉ってみるフェレト。
嫌な汗をかきながらも好戦的な表情は崩さない。

「あはは、昔よくいわれたわ~。
でも、そんなクレームつけても…、めっ、だからねっ。
こ・ん・ど・は…、こっちの番っ」

「へ…、わわわっ!?」

ヒュッ、と音がしそうな勢いで一気に距離を詰める。
目にも止まらぬ、という形容が相応しいスピードでフェレトに打撃のラッシュを入れていく。
当然全力ではない、それどころか5分程度の力しか出していない。
しかしネフリータの打撃、フェレトは辛うじて防御に回るのに手いっぱいであった。

(ヤバいヤバいヤバいってば!!
さすが母様、こんな速いラッシュなのに1発1発が重い…!
こりゃ父様がいった通り早めに決めないとジリ貧になってくだけだわ!)

ギリギリの攻防を見せる2人だが、これもネフリータが防ぎきれる加減を見切って攻めているだけなのだ。
それ故にフェレトの消費も早く、考えの通り長期戦になれば不利になるだけである。
追い詰められつつあるフェレトだったが、脳裏にはまたも数日前の父の言葉が思い出された。

(最初の攻撃を外したら、というか外さないのが1番いいんだが…。
もし外した場合、間違いなくお前は不利な状況に立たされている。
パワー・スピード・スタミナ、どこをとっても現状でネフリータより優れた面はありえない。
なら、その局面を打開するのは…、あっと驚く意外性だ---)

あっと驚く意外性。
やはりあらゆる面で劣るフェレトには、不意打ちや意表を突くといった様な戦法しかない。
今回の課題の真意とは、その圧倒的劣勢にどう答えを見出すかなのだ。

「このままじゃバテちゃうだけよ。
さぁ…、どう動いてくれるの?」

「くっ!」

フェレトが思考を巡らせている間、ずっとラッシュを続けていたネフリータ。
特に息を切らす事もなかったがフェレトを試すべく、自ら一瞬の隙を作り出す。
すかさず攻め手をかわし大きく飛んで距離を取るフェレト。

「はぁ…はぁ…、ふぅ…」

肩で息をして呼吸を整える。
ネフリータと違い、息も切らさず、とはさすがにいかなかった。
が、また攻められては堪らないといわんばかりにフェレトから仕掛ける。

(意外性…ねっ!)

「アースリフタァーッ!」

ゴォン!

またもネフリータの背後に石柱が現れる。
さっきと違ったのは、ネフリータは一切向き返る事もなく、フェレトの方を見据えたままだった。
同じ手は通用しない、という事なのだろう。

「もう油断もしてくれないよね~…。
もいっちょっ、アースリフターー!」

ガァンン!!

更にアースリフターを繰り出していく。
しかし、違ったのはネフリータばかりではない。
今度のアースリフターは石柱であった。
それもやたらと巨大な。

「はぁ…、いまになってそんな初歩的ミス…?
私もちょぉ~っとガッカリ~…、かなっ!!」

ガオォンッ!!
ガシィン!

目の前の石柱に、露骨に不快感を表すネフリータ。
やれやれといった風に頭をかいたかと思うと、一瞬にして強烈なアッパーカットを石柱に叩き込む。
巨大な石柱はバラバラに砕け、破片が宙へと舞った。

「これじゃちょっと芸が足りて…って、あら?」

フェレトに話しかけたつもりだったネフリータだが、その得意気な表情も一瞬のものとなる。
石柱の向こう側に、フェレトの姿がなかったからだ。

(よしッ、なんとか上手くいった…!
位置も…、おっけー!
でも…、なんか皮肉だなぁ、デカい岩を出すのは得意なのよね~)

その時、ふとネフリータの空が暗くなる。
ハッとなって上を見上げると、眼前には巨大な石斧。
視界で膨らむ影に連れて、ネフリータの真紅の瞳が大きく見開かれた。

「ふぇ、フェレト、これはっ!?」

「喰らえぇーッ!
見よう見まねっ、『断罪の王』ッッッ!!!」

フェレトが巨大な石柱を出したのは魔道の失敗ではない。
意図的に巨大な石柱を出現させ、ネフリータに破壊させたのである。
そして、飛散した石の破片を上空で蹴り砕き、グランドエッジの素材としたのだ。
さすがのネフリータも慌てた様子を見せる、かと思われたが…。

ひょいっ

ズグィァーンッ!!!

あえなく回避されてしまう。
空中で大きな破片をグランドエッジの素材にしなければならない為に、力不足のフェレトには両足で蹴り砕くしかなかった。
それ故に石斧は両足に装着され、重力に任せて落下する事しかできなかったのだ。
そして、唐突とはいえ熟練のG-Aに直線的な攻撃をかわすのは難しい事ではなかった。

「やるわねフェレトっ。
まさかそんな大技使ってくるなんて…。
でも、敵が視界から消えたら上って定石よ?
詰めが…、あ・ま・いっ♪」

「あわ、はわわわわっ!」

ちょうど真横に立つ形になった2人。
嬉しそうな笑顔に打って変ったネフリータと、慌てて両手をバタバタと振るフェレト。
つんつん、っとフェレトの頬を突っつきからかって見せる。

「そぉれっ」

ゴッキャァン!!

笑顔のままのネフリータの下段蹴りである。
石斧は砕け散り、破片と共にフェレトは地面を転がった。

「…これもダメ…かぁ、…ぁつっ!?」

辛うじて受け身を取るフェレトだが、いまの拍子に足首を痛めたらしい。
苦悶の色が浮かんでいる。
いままで傍観してきたシュラグノーも、険しい顔を隠せずにいた。

「最初のコンボまで布石にし、魔道の失敗に見せかけ油断を誘った上で、不意を突いての、不完全とはいえ切り札の断罪の王…。
あれをかわされちゃあ、もう手はない…か」

最初の奇襲、不完全な断罪の王、どちらもシュラグノーの入れ知恵だった。
しかし、どちらも失敗に終わり、まして足を痛めたいまのフェレトには現状どうにもならない。
それがシュラグノーの判断だった。

「まぁよく頑張っただろう…。
これならネフリータの合格ラインにも…」

「笑止ッ!
小賢しい事をいい並べて、相変わらず青いな」

試験を止めるタイミングを計ろうとしていたシュラグノーの独り言を遮断する男の声。
威風堂々とした風貌。
半月ほど前にフェレトの前に現れた男である。

「また唐突な…。
やっぱり貴方でしたか」

「…ふんッ」

しかし、特に驚きもしないシュラグノー。
むしろ想像通り、というところだった。
驚かれなかったのが面白くないのか、元々なのか、男は腕を組んだまま仁王立ちしている。

「貴様のところの小娘、なんといったか…、フェレット?
まぁいい、小娘が諦めていないのに、親の貴様が先にさじを投げてどうする」

「まさか…、ここに来てまだ手があるとは…。
考えなしにネフリータに攻撃を当てるのは、砂漠の中のビー玉を見付けるくらい難しいですよ。
…あとフェレトです」

不機嫌そうな顔のまま口を出した男に、嗜める様に分析するシュラグノー。
本人にとっては小さくないのであろう訂正を付けたして。

「ここまでかしらね…、フェレト?」

「…くっ」

ネフリータが、追い詰める様にじりじりとフェレトとの距離を詰めていく。
フェレトは足首を押さえ、低い体勢でネフリータの視線を受けていた。

(しくったわ…、ここで足痛めちゃうとは…。
お陰で体勢はいい感じになったけど、あんま走れそうにない…かな)

動く気配を見せないフェレト。
しかし、先程から不意を突いた攻撃を繰り返してきた事で、ネフリータの警戒心も高まってきている。
有利な状況だからといって、ヨユーしゃくしゃくご高説、という気にはならなかったのだろう。

(んー、強く蹴り過ぎちゃったかしら?)

などと自分のやり過ぎの心配をしている程度に、かける言葉を選んでいた。
だが、その時、短い静寂を破ってフェレトの声が上がった。

「アァースリフタァーーッ!!」

ドガァッ!!

低い体勢のまま発動されたフェレトのアースリフターである。
またもネフリータの視界を遮る様に石柱が正面に立ちはだかった。

「……」

「……」

しーーん…

いままでと大いに違ったのはそこからの動きがなかった事である。
フェレトが追撃に出る様子もなければ、ネフリータが石柱を破壊する素振りもない。
お互い様子見、というところなのだろうか?

(早く…、もっと早く…っ!!)

相変わらず動く気配のないフェレト。
しかし、似つかわしくない汗をかき、身体も強張っている。

(上からの攻撃は…、ない。
正面からも…、何かの誘い…?)

注意深くフェレトの出方を窺うネフリータ。
だが、気配がない。
湧き上がる疑問が違和感へと変わり、その違和感がわずかな焦りを生む。

「はぁッ!」

ドゥギャーン!

ついにネフリータは目の前の石柱を蹴り砕いた。
それも先程の断罪の王に学んで下に破片が飛び散る様に。
こうなってはフェレトも仕掛けざるを得ない。

(…っ、間に合わない…!?
くぅ~~、いっけぇーーっ!!)

「でぇぇやぁああッッ!!!」

またしてもネフリータの眼前を舞う砂塵。
フェレトの声を察し、念のため1歩後ろにステップして回避に備えるネフリータ。

ブバァッ!

突如として砂塵を切り裂き、ネフリータに迫る拳撃。
足を痛めた者のものとは思えぬ凄まじさだった。
が、砂塵を目眩ましとしての攻撃を予期していたネフリータである。
回避に周り、すでにフェレトへのカウンターの体勢に入ろうとしていた。
だが…。

「…なっ!?」

ネフリータは愕然として真紅に輝く瞳を丸くする。
なぜなら、カウンターを当てようとしたフェレトの『身体がなかったのだ』。
厳密にいえば、『飛んで来たのが肘から先だけだった』のである。
この時、間違いなくネフリータには隙が生じていた。

「ハァアッ!!!!」

ゴゥッ!!

「ッッ!!??」

響いた声に、一瞬で視線をもうおさまり始めた砂塵の方へ視線を戻す。
まさにフェレトがその向こうから現れ、槍の様な正拳突きがネフリータへ向かって来ていた。
反応は遅れたものの、すぐにネフリータは冷静さを取り戻す。

(いまのはなに…!?
いえ…、それよりこの拳撃、ギリギリで避けられる!?
……ッ!!)

辛うじてかわせるかも知れない、というのがネフリータの見立てであった。
しかし、ネフリータは気付いてしまう。
黒く、そして鈍く輝くその拳に。
その拳がいま、自分に迫っている事実に。

「そう…、いくら母様でも…。
いいえ、母様だからこそ、これだけは避けられないッ!!
これがっ…、これがあたしの答えよッ!!!!!」

「フェレトッ!!!
くっ!!」

カッシィイーーンン!!!!!!!



跡地に響き渡った打撃音。
腕を交差させ、拳撃を防御するネフリータ。
飛んで来たフェレトの勢いで、少し後ろに押されるも防ぎ切っていたのはさすがである。

…どたっ

一瞬の間、時間が止まったかの様に見えた2人だが、フェレトは力なく地に落ちる。
またも2人は固まり、砂と風の音がやけに耳に付いた。

「あ…、あれは単に足の痛みのせいじゃあなかったのか…」

離れたところから傍観していたシュラグノーには全てがはっきりと見えていた。
シュラグノーがいう通り、体勢を低くしたまま動かなかったのは足の痛みのせいだけではない。
その手で地面に触れ、魔道を使うためだったのだ。

アースリフターにより、ネフリータの視界を遮った上で何もしなかったのは時間稼ぎをするため。
今回の対決が課題であるという事、フェレトがどう動くかを待つネフリータを逆手に取っての事であった。

更に左手に『腕』の形状のグランドエッジの形成。
右手のみに、ネフリータの術式兵装・黒衣の女王を形成していたのである。
しびれを切らせたネフリータが、石柱を破壊したと同時に左手の『腕』を投げつける。
そして、隙が生じたところに兵装された右手で追撃をかけたのだ。

腕の細かい造形に、右手だけとはいえシュラグノーですら無茶という術式兵装・黒衣の女王。
時間稼ぎが足りず、腕の造形は止まった状態で見れば雑なものになってしまった。
同様に、フェレトが本来は肘から先に装着するつもりであった兵装は右拳に限られている。
しかし、その状態ですらネフリータにイチかバチかでの回避を止めるほどの脅威だったのも事実である。

時間とも、自分のスタミナとも戦ったぎりぎりの選択。
フェレトなりに考え、足掻いて、この圧倒的不利な状況。

"最初から全部出来るわけない。わずかな部分でも積み重ねればどうにでもなる。"

憧れの母の言葉への"答え"であった。

「…貴方は、ここまで見抜いていたんですか?」

そうこぼしながら振り返るシュラグノー。
しかし、問いに答えるべき男の姿はもう消えている。
特に驚く事もなく、半ば呆れとも取れる微笑みで視線を戻した。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

シュラグノーの視線の先、倒れていたフェレトがやっとの事で仰向けに姿勢を変えて大きく呼吸している。
ネフリータも構えを解き、頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。
まさに、やっちゃった、という顔。

「はぁ…はぁ…、あはは…、当たっちゃった♪」

「わざとよ、わ・ざ・とぉ~
サービスしてあげたんだからね~」

汗と砂にまみれた顔で悪戯っぽく笑うフェレト。
思わずあけすけな冗談を笑顔で返すネフリータ。
中腰になり、指を左右に振って見せた。

「…なぁんてね。
フェレト、ほんっとぅによくやったわ。
予想以上なんてもんじゃない、もうとびっきりよっ!」

心底嬉しそうにそう切り返して、ネフリータはフェレトを抱き起こした。
顔や服に付いた砂埃を掃いつつ、満面の笑みを惜しみなく輝かせる。

「んっ…、母様」

フェレトは小さく呟き、素直にその身を母に委ねた。

「本当によくやったな、フェレト。
無茶しやがって…」

「てへへ…」

歩み寄りながら娘を称えるシュラグノー。
フェレトも決して力強くはないながらも、照れ笑いで答えて見せた。

「これで文句なしに課題はクリアだな!」

「あら、でもまだまだ魔道の発動も遅いし、体術も発展途上!
それに…、術式兵装ももっと訓練しないとね♪」

浮かれているといっても過言ではないほどに、2人とも喜びに浸っている。
フェレトはまだまだ前途多難といえた。

「母様、あたしね…」

びゅわあっ
バササッ

「あぷぁっ!?」

身体を起こしたフェレトが何かいいかける。
しかし、それは吹き抜けた風によって阻まれた。
自身の髪で溺れそうになりながら、やっとの思いで翡翠色を泳ぎ切った。

「…はい、フェレト」

「え?」

目の前にはトレードマークのポニーテールを下ろしたネフリータ。
フェレトに差し出された掌には、いつもネフリータが使っている髪留めが納まっていた。
瞳をまん円にして、その掌とネフリータの顔を往復させる。

「いつまでも髪下ろしっぱなしじゃ動きづらいでしょ。
溺れてばっかじゃ情けなくて見てらんないの。
使いなさい?」

無言のまま髪留めを受け取る。
唇を尖らせてつつ、後ろ手に髪を纏めていくフェレト。

「…どう…かな?」

ちょっと照れた様な、はにかんだ顔で母に尋ねる。
しかし、ポニーテールを作ろうとしたのであろうが、慣れないせいもあって大きく右に片寄ってしまっていた。
ネフリータは一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑顔になる。

「よぉく似合ってるよ、フェレト」

「ありがとうっ、父様、母様っ!」



G-Aとして旅をする途中のフェレトが、ブルク城でリオナ一行と出会う1年ほど前の事。
小さな天使が、少しだけ自分の空を掴んだ日の事だった----。



  -- 本編 Red Hearts へ続く --





 ---- 魔道辞典 ----

※今作中では魔道の「操作」から行っているが、第1幕の解説でもある通り「生成」を省略しているだけである。
術者のスタミナを更に消費すれば、魔道により土の「生成」をする事も可能。


●アースリフター(Earth Lifter)
地面に手を当て、土の魔道の力で離れた位置の地面を隆起させる。
武器とも盾とも扱える土属性の最も基本的な魔道。
地中にある素材由来な物なので、攻防共に物理属性である。
また、飛んでいる敵には効果を発揮し辛い。

用途により、いくつかのパターンに派生する。
・石槍:尖った槍状の岩が隆起し、対象を穿つ。

・石柱:自分と対象の間、もしくは自分の周囲に石柱を隆起させ、攻撃を防ぐ。
    対象の周囲に石柱を隆起させ、囲んで捕える。


●グランドエッジ(Ground Edge)
土の魔道で地中の金属や炭素etc.を集めて、イメージした武器状に形成し、装着する。
剣・斧による斬撃、槍による刺突、鎚による打撃などバリエーションは多岐に渡る。
硬度・形成速度は技量・熟練度に比例し、重量・消費スタミナは反比例する。

・断罪の王(Regno Exsequens / レーグノー エクセクエンス)
グランドエッジの応用であり、シュラグノーのオリジナル魔道。
高い位置にある(投げ上げるetc.)岩を砕き、腕に巨大な石斧を装着。
そのまま落下し敵を両断する。
砕かれた岩は目眩まし、牽制の効果もある。

※フェレトの場合は力不足を補う為に両足に装着。
両足が石斧に包まれる為、発動後に身動きが取れなくなるデメリットがあった。


●術式兵装・黒衣の女王(Armationem Nigredinis Regina / アルマティオーネム・ニグレーディニス レジーナ)
ネフリータのオリジナル魔道。
土の魔道により、地面から鎧状の装甲を形成し、全身に装着する。
形状は自分のイメージ次第であり、硬度・形成速度は技量・熟練度に比例し、重量・消費スタミナは反比例する。
優れたセンスと莫大なスタミナを必要とし、ネフリータ以外に使用しようとする者はいないらしい。

・術式兵装・夜の旋律(Armationem Noctis Melodia / アルマティオーネム・ノクティス メローディア)
フェレトが用いた、術式兵装・黒衣の女王の簡易版。
発動方法・条件に変化はなく、全身ではなく部分的に発動した場合の総称。
後のインパクト・ブリッドもこれに含まれる。(本編『Red Hearts』参照。)
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2010/06/21/Mon 22:27:12  Collaboration./CM:1/TB:0/

§ 翡翠の心 -第2幕-

【Red Hearts】


Side Story『翡翠の心 ~The Heart of Nephrite~』

 第2幕 『あたしが勝つにはどうすれば?』






----晴れて"Guardian-Angels(守護天使)"、略して"G-A"に入隊したフェレト=レジーナ。

しかし、旅に出るならば、少なくとも自分の身は自分で守らなければならない。
初めて間近で"魔道"を目にし、自分の力量・知識の浅さを思い知るフェレト。
そんなフェレトに、両親から課題が与えられる事になる。





「あー、もうッ!
ちっっとも上手くいかないじゃんよぉー!!」

採掘場跡地で風に靡く翡翠色。
へたり込んだフェレトから不満の叫びが上がっていた。

初めて魔道を目にしたあの日から、早2週間。
毎日の様にこの跡地へ魔道の修練に来るも、一向にその技術は向上の色を見せていなかった。

「もう半分…。
そんな時間もないってのに…!」

明らかに焦りを感じているフェレト。
彼女に何をそれほど焦る理由があるのか?
それは、あの2週間前の夜に遡る----。





慣れもしない魔道の使用で、疲弊し気を失っていたフェレトが目を覚ます。
魔道の発動は自身のスタミナを消費する。
なので回復さえしてしまえば何の問題も残らない。

「お、目が覚めたかぁ、フェレト」

そろそろフェレトの目も覚める頃だろうと、部屋へやって来ていたシュラグノーとネフリータ。
横になっているフェレトの顔を覗き込む様にしている。
その顔に心配の色はさほどない。
やんちゃし過ぎた子供へ向ける微笑み、というのが相応しい表情だった。

「母様…父様も…」

まだハッキリしない意識の中、ぼんやりと2人の顔を行き来する。
否定しようのない気だるさがフェレトに残っていた。

「最後まで話も聞かないで…、あんな無茶するからだぞ?」

「無茶ってな~によ!
けっこーどうにかなるもんよ?」

子供の悪戯を咎める様な軽い口調のシュラグノー。
それを聞いて納得がいかない様子のネフリータ。
フェレトの目にはいつもの光景が広がっていた。

それからしばらく3人の談笑が続いていく。



「あ…、それでね、フェレト」

「?」

ひとしきり話した後、ネフリータが思い出した様に切り出した。
ぽん、と両手を正面で合わせる。
ベッドに座っているフェレトも不思議そうな顔で答えた。

「さっき2人で話し合って決めたんだけど…」

そこまでいうとシュラグノーの方へと目配せした。
気付いたシュラグノーが、その先を話し始める。

「フェレト…、お前に課題を与える。
1対1で、魔道も武器も使用しないネフリータに『自分から触れる』事…だ」

そう厳しげな表情で告げる。
ネフリータは少しだけ申し訳なさそうな複雑な態度であった。
昼間に続き、きょとん顔のフェレト。

「え~っと…、それって…。
…お母様ぁ~ん」

甘えた様な声で母・ネフリータへと両腕を広げる。
その効果はバツグンだった。

「あ~ん、フェレト~」

花の香りに誘われた虫よりもあっけなくフェレトを両腕で包み込むネフリータ。
頬ずりしながらなんとも満足気である。
そこでフェレトは急に真顔に戻った。

「こゆーんじゃダメなの?」

「ダメだ。」

よく知った母の習性を利用した策を弄してみるも、一瞬で父に却下される。
やっぱしかぁ、と表情に表すフェレトは、妬むかの様なシュラグノーの視線には気付かなかった。
子煩悩な父母にして、したたかな子である。

「…だからお前に1ヶ月の準備時間を与える。
その間に出来得る事をやってみろ」

ちょっとふて腐れた様に付け足したシュラグノー。
この日から、フェレトの修練の日々が始まったのだった。





----2日目。
さっそく跡地に赴いたフェレト。
魔道の扱いに慣れようと、母を連れて監督をしてもらっていた。

「アーースリフタァーーーッ!」

ズガァン!

右手の紋章を光らせ、意気揚々と地面を隆起させる。
が、やはり現れたのは均整の取れない、ゴツゴツとした岩である。
それもやけに巨大な。

「だーっ!なんで!?
なんでこんなのしか出ないの~!?
…でやっ!でやっ!でやっ!!」

ズガァ!ドゴォ!バギャァ!

頭を抱えて髪を振り乱すフェレト。
一瞬うな垂れるも、すぐに顔を上げ、今度はがむしゃらにアースリフターを連発させる。

「…ちょ、ちょっとフェレト?
そんな連発しなくても…」

見かねて口を挟むネフリータ。
戸惑いの色が伺えるが…。

…ぽてり

手遅れだった。

「ふぇっ、フェレトーー!?」



----4日目。

「う~ん…、やっぱり…でも?」

レジーナ邸のリビング。
ソファーの上でクッションを抱いて寝転がるフェレトの姿。
小さな唸りを上げて、分かりやすく悩んでいた。

「どうしたフェレト。
魔道で分からないところでもあるか?」

そこにやってきたシュラグノー。
助け船が出せるならと、うずうずした様子でソファーに腰を下ろした。
しばらく考えてからフェレトが口を開く。

「…あのさ、旅とかで表立って行動するんだったらさ。
やっぱりお嬢お嬢した方がいいのカナ?
ほらっ、口調とか!」

「…え?」



----6日目。
またしても跡地。
相変わらずもなかなか上達の気配のないフェレト。
ネフリータは助言を出すわけでもなく傍観に徹するばかり。

「グ・ラ・ン・ドぉ~…エェーーッジ!」

ズボッ!

溜めに溜めた咆哮と共に、右手の紋章が輝きを放つ。
地面から抜かれ、天高らかに掲げられたその腕には…。

「だぁーっからこれじゃ切れないじゃないのーーッ!!」

ぶんぶんと振り回される腕。
そこに装着されているのは、斬れ味どころか尖った部分すら探すのが難しい岩の塊。
それもやたらと巨大な。
棍棒か鎚と表現するのが正しいだろう。

「…うぐぐぐ。
だあっ!だあっ!だあっ!」

ズバッ!ズバッ!ズバッ!

次々に現れては消えていく岩の塊。
光りを纏ったその姿はさながらイリュージョンの様にも見えた。
が…。

…ぽてり

「あ、また倒れた」



----8日目

「…え~、お嬢って…はぁ?」

これまた自宅のリビング。
足をパタパタさせて、1人天井に悩みをブツけるフェレトの姿。

「ん~…」

「ん、どうかしたかネフリータ?」

その様子を扉の陰から並んで窺っているのはレジーナ夫妻である。
伝染したのかネフリータまで小さく唸りを上げた。
気になったシュラグノーはすかさず問いをかける。

「あ~、…いや、ね?
フェレトもああいってるし…、私もお嬢お嬢した口調の方がいいのかしら?」

「…え"?」



----10日目。

「アァーースッ…リフタァーーッ!!」

バギィン!

「っだーー!?」

高らかに叫び、大岩を現出させ、頭を抱えるフェレト。
一連の流れの様に同じ事を繰り返している。
溜まらずネフリータが助言を出そうと口を開いた。

「う~ん、たぶんねフェレト。
力みすぎてるんだと思うわ。
もっとリラックスよ、力を抜いて!」

「ふ~んむ…」

考え込むフェレト。
眉間にしわを寄せた難しい顔で腕を組む。
ひとしきり思考を巡らせた後、すっと手を地に落とす。
静かに息を吸い込んだ。

「…あぁーすりふた~~」

ぽひゅ

まったくといっていいくらいに、力の入っていない声と間抜けな音。
ネフリータは開いた口が塞がらなかった。
地面から手を放しつつ、握り拳を震わせていくフェレト。

「…だぁーーーーッ!!」



----12日目。
またまたリビングで足をパタパタしているフェレト。
いままでと違っていたのは、悩んでいる訳ではなく、本を読んでいるのだ。

「お、魔道教本でも買ったのかフェレト~。
なんだいってくれれば買ってきてやったのに」

その様子を見て嬉々として近付くシュラグノー。
気付いたフェレトは何とも不思議そうな顔をしてみせる。
振り向きながら、手にした本の表紙をかざした。

「これねー、ちょっと相談したら通りの角の家のお兄さんがくれたのー。
これでお嬢様になれるんだってさっ」

至って無邪気なフェレトにそういわれ、シュラグノーが目にしたのは、確かに『ツン●レ用語集』。
あんぐりと口を開いて、一瞬時間が止まった。

「…ならぁーーん!!」

びりびりびりびり

「ちょっ!?
まだ半分くらいしか見てないのにーーッ!」



----そんなこんなで2週間。
期日も折り返しそうだというのに、いまだ上達の糸口も掴めないでいた。

「はぁ…、ちっとも尖ってくれないんだもんなぁ…」

この2週間ばかり通い詰めた跡地で途方に暮れているフェレト。
地に横たえた肢体を夕陽の朱に染めて、哀愁にも近いものを漂わせている。
力無い溜息ばかりが大きく響いて聞こえた。

「…ふん、笑止ッ!
貴様には想像力が足りんのだ」

バッ!

静寂の中に、突如として反響する声。
フェレトは一瞬で身体を起こし、声のした方へと目を向ける。
そこには威風堂々という言葉が相応しい男が、腕を組んで仁王立ちしていた。

「…アンタ誰?
ってかいつからそ…」

「笑止ッ!!」

「……」

緊張感を纏わせ、疑問をぶつけようとしたフェレト。
だが、その男の声に遮られてしまう。
妙な静けさが辺りを支配していた。

「…ふん、さっきから見ていれば馬鹿デカい岩を出すばかり。
貴様遊んでいるのか?」

無音を割る男の挑発的な口調。
あくまで蔑む様な態度に、フェレトは腹に据えかねた。

「カッチーンッ!
人が必死になってやってんのにもうちょっといい様ってもんがないワケ!?
てゆーか、さっきから見ていればって、アンタ…ストーカーかなんか…」

「喝ァー!!」

「……」

ただでさえ内心苛立っていたフェレトは、捲し立てる勢いで口を荒げる。
が、それさえ男によって阻まれてしまったのだ。
またしても静けさがその場を包み込む。

「貴様は石槍を出したいのだろう?
貫こうという気概が足りんのだ、小娘」

「小むっ!?」

紡ぐ言葉はやはり挑発的なそれ。
フェレトはフェレトで喰い付く場所を間違えているが。
その怒りは一気に沸点へと向かう。

「そう、貴様に足りないのはさつ…」

「アァァースリフタァァーッ!!」

カァンッ!

さっきまでの仕打ちを返す様に言葉を遮ったフェレト。
しかしそれだけでは終わらない。
アースリフターのオマケ付きである。
甲高い音が響き渡り、一瞬にして男は砂塵に飲まれてしまった。

「ふんっ、淑女(レディー)に向かって小娘なんて…!
あたしは子供扱いされんのが大ッッッキライなのよッ!!」

悪びれる事もなく、露わにした怒りを振り回すフェレト。
しかし、その怒りは舞い上がった砂塵と共に落ち着きを見せていく。
それどころか表情には驚きが満ちていく。
それはなぜか?
眼前に現れたのは石の円錐、そう円錐なのだ。

「え…、これって…槍…」

鋭いとまではいかないが、確かにそこには「先端」が存在してる。
苛立ちも怒りも忘れ、フェレトは石槍を瞳に映して立ち尽くすばかりだった。

「ふん、目覚めた様だな」

「あっ、アンタ!」

後ろからの声に全身で翻る。
そこには傷ひとつない、仁王立ちする男の姿。
くっと更に追い打ちをかけようとしたフェレトだったが、気にも留めず男は口を開く。

「さっきもいっただろう、貴様には想像力が足りないのだ。
岩を出そうとばかりしていて、形状に対する意識が低すぎるぞ」

「……あ」

出鼻を挫かれた上に、予想外にも痛いところを突かれいた。
フェレトはハッとなって自分の両手をぼんやりと眺める様にしている。

「しかし、いま貴様が出したのは見間違う事ない石槍…。
オレに対する怒りが、貫こうとする意志がそうさせたのだ」

「じゃ、じゃあなに?
あたしに槍を出させるためにわざと怒らせて…」

続く男の声に、フェレトは手を下ろしながら視線を男へと移していく。
そして先程までの態度の真意を確かめる様に問いただした。
しかし、男は問いに答える事はなく…。

「くくく…、そんな事はどうだっていい!
貴様は目覚めたのだ、殺意の波動に…ッ!!!」

「…あい?」

「だはは、また会う日も来るだろう!
サラバッ!!」

ボゥン!

「ちょっ!?
げっほげほげほ…」

辺りを濃い煙が包み込む。
男は謎の言葉を一気に話しきり、一方的に姿を消してしまった。
それが目的だったのか、フェレトに魔道の初歩的なコツと、多くの疑問と怒りを残して。

「な…、ななな…、なぁーんなのよアイツはぁーーーッ!!!」

ギュインッ!!

天を仰ぐフェレト。
誰もいなくなった跡地に木霊する叫び声。
すぐそばの石槍と共に、鋭い影を大地に伸ばしていた----。



----数日後。
レジーナ邸の廊下を揺れる翡翠色。
いつにも増して凛とした面持ちのフェレトである。

「…このままじゃダメだわ」

そう、ポツリと呟いて足早に向かった先は…、

「ん、どうしたフェレト?」

自室で漫画を読んでいたシュラグノーのところである。
部屋に入ってきたフェレトを見るやいなや、すぐに読んでいた漫画を閉じ話を聞く姿勢に入った。
それもフェレトの真剣な顔付きを見ての事だろう。

「実は…」

課題を与えられた日からの自分の状況。
数日前、跡地で謎の失礼な男と会って魔道のコツを少し掴んだ事。
このままでは母・ネフリータを打破する方法がないという愚痴にも近い嘆き。



「ふむ…」

全て聞き終え、口元に手を当てて小さく唸りを上げるシュラグノー。
フェレトの状況についてはほとんど見ていたので確認作業に近かった。
が、『失礼な謎の男』の存在が引っ掛かっていたのだ。
フェレトはというと、向かいの椅子に腰掛け、ホットミルクの入ったカップを両手で包みこんでいる。

「ネフリータは…」

「…え?」

フェレトがふとうつむき加減になった頃、静かな部屋に声が響いた。
パッとフェレトも顔を上げる。

「ネフリータのヤツは…、最初から今回の課題がいまのフェレトにクリア出来るとは思ってない。
いまのお前なりに考え、足掻いて、この圧倒的に不利な状況でどんな回答を出してくるか…。
それが今回の課題の真意だ」

「……!」

突如として知らされた『課題の真意』。
静かな口調と雰囲気が冗談などではないと物語る。
言葉もなく、目だけが驚きの色を見せるフェレト。

(ちょっといい方が悪かったか…。
だが、これでヘコたれる様じゃあ、どの道無理…)

フェレトが再びうつむくのとほぼ同時にシュラグノーの顔が翳る。
優しさと甘さの使い分け、難しいものであった。
しかし、シュラグノーは1つ思い違いをしている。

「…ふふ、母様も甘いったらないわ!」

再び顔を上げたフェレト。
そこには、嘆きでも驚きでもなく、嬉々とした好戦的な表情を輝かせていた。
今度はシュラグノーの目が丸くなる。

「百戦錬磨だろうが『翡翠の三日月』でだろうが、油断があるならッ!
ばっちり胸を借りちゃうわ!!」

「…お前」

甘いのはどっちだか。
そう心の片隅で思わずにはいられないシュラグノー。
だが、それよりも圧倒的劣勢で光明を見た様なフェレトに喜ぶ感情の方が大きかった。
ネフリータあって、この子あり、といったところである。

「ネフリータもいってたぞ?
"最初から全部出来るわけない。わずかな部分でも積み重ねればどうにでもなる"ってな。
ちょっと無茶のある持論ではあるが、アイツだって最初からあんなバカ強かったわけじゃないさ」

ぽん、とフェレトの頭に手を置き、笑って見せるシュラグノー。
フェレトは頭の上の掌の影から父を見ていた。

「…そうか、最初から全部出来なくてもいいんだ…。
父様、ちょっとお願いがあるのっ!!」

「ん?なんだ、パパに出来る事ならなんでもいってみろぉー!」

ハッと思い付いた様にフェレトが口を開く。
期日までの時間は、もう少なかった----。



  -- to be continued --
2010/06/14/Mon 05:33:32  Collaboration./CM:0/TB:0/

§ 塔を巡り

はーい、やっくるー ヾ(=^・・^)
フェレト様の参上よー!

フツーの記事書くのはひっさびさよー
気まぐれでブログの背景っていうの?は変更したけど気付いてたかなー!

ところで、みんな知ってるかな?
The Tower of AION
リネージュとか運営してたトコの新作ネトゲなのよー

まだクローズドβ状態なんだけど、これがまたグラフィックが綺麗でね ♪・:*:・ ( ̄* )
課金状況なんかはまだ未決定なんだけど、本格的なサービスは来月の上旬から中旬になるんじゃないかな?

作成

エディットも細かいのよー
魔界に麗しい私が降臨してしましますわっ! ヾ( `▽)ゞ

実際にMAPに出てみると

立ち画

こんな感じ
感情表現のモーションなんかも結構バラエティに富んでてイイのよーw
ムービーに入るとこれまたシャッターチャンスが多いの!
一瞬のベストショットチャンスを見逃しちゃダメよ~?

飛翔

必要スペックはちょっと高めなんだけど、試してみる価値はあると思うかなw
知ってる人、興味のある人は来月のオープンβから体験してみればいいじゃなーい!

近接・回復・補助・呪文・召喚・罠師、色々職業もあるし!
レギオンっていうギルドシステムみたいなのもあるよん

羽根が生えて自由に飛べたり、

動物に変身出来たり、面白げな要素も満載っ

詳しくは公式を読んでごらんなさいなっ

The Tower of AION
2009/06/17/Wed 15:40:34  次女/CM:0/TB:0/

§ 翡翠の心 -第1幕-

【Red Hearts】


Side Story『翡翠の心 ~The Heart of Nephrite~』

 第1幕 『あたし、セリフ少なくない?』






----これは、フェレト=レジーナがブルク城でリオナ一向と出会う、その1年ほど過去。
まだレジーナ家がある『学術都市イッフィン』に住んでいた頃の事である。

"Guardian-Angels(守護天使)"、略して"G-A"。
12歳になったフェレトがG-Aに入隊するところから物語は始まる。





「フェレトも、もう12歳になったのね~」

邸宅のリビングで、母娘揃ってティータイム。
片手にティーカップを持ち、思い付いた様に言葉を漏らすフェレトの母・ネフリータ=レジーナ。
長い翡翠色のポニーテールを垂らして、深紅の瞳が見えなくなるくらいに目を細める。
しみじみとした様子であった。

「どしたの母様、急に?」

机の反対側に座るフェレトが、クッキーに手を伸ばしながら話のきっかけを作る。
同じく、長めの翡翠色を下ろして、深紅の瞳に我が母を映している。
そこでネフリータが両手を合わせる様にして正面で、パンッと叩く。

「やっぱ可愛い娘には旅をさせなきゃねっ!」

「むぐ…ふぇ?」

唐突な発言ながらも、その顔付きは凛として気の迷いは感じさせない。
フェレトは手にしたクッキーをくわえて、きょとん顔だった。

「よぅし、決めたっ!
そうと決まったらさっさと行くわよッ!」

「…え、えぇ?…ちょ、母様~!?」

何が決まったのか分からないまま、フェレトの腕を掴んで走り出すネフリータ。
爛々とした笑顔が輝かせて。
フェレトはクッキーを取りこぼしながら、なされるがままズルズルと引きずられいった。

そして----。





「これで今日からフェレトもG-Aよぉ~、やっ・た・わ・ねっ!」

ぱぁん、とフェレトの背中を勢いよく叩くネフリータ。
フェレトが呆然とする間にあれよあれよと手続きは終わり、気付いた時には右腕には紋章。
首には菱形のクリスタルペンダントが輝いていた。

「…へ?…えっとぉ」

戸惑いを全身から溢れさせ、目が紋章とペンダントとを行き来する。

"Guardian-Angels(守護天使)"、略して"G-A"とは、平たく表すとこの世界の平和を守る者である。
仕事の内容は、市民のお悩み相談からお手伝い、果ては強力な魔物の討伐にまで至る。

依頼内容の難易度によってはランクが付けられており、各々のランクに適した依頼を受ける事が勧められる。
依頼を遂行する事により報奨金と経験値が得られ、経験値が一定値にまで貯まるとランクも上がる仕組みになっている。
入隊条件はいくつかあるが、年齢は12歳からなのだ。
(※詳しくは本編『Red Hearts』をご覧下さい。)

ちなみに、ネフリータのランクは実質最高ランクのS。
『翡翠の三日月』の雷名を轟かせている凄腕G-Aであった。
そんなネフリータだからこそ、フェレトにもG-Aを勧めたかったのだろう。

「…うっそ、ホントになっちゃったの…?
"Guardian-Angels"…」

バタバタと振り回された挙句に、フェレトがやっと冷静にいまの状況を理解し始める。
目をパチクリしながらも、口元をだんだんと、でも確かに緩めていく。
ここまで一方的に引っ張っておきながら、実は内心、娘の反応に恐々していたネフリータ。
フェレトの顔を覗き込む様に様子を窺っていたが、そこに咲いていく笑顔に、安堵と共に期待を膨らませていく。

「ほぉら!黙ってないで、なんとかいいなさい~!」

調子に乗って悪戯っぽい笑顔で、フェレトを肘で突っつくネフリータ。
はっとして、フェレトはネフリータの方へ向き返り、ぱぁっ、と音がしそうな表情をこぼす。

「やったっ!やったよぉ、母様~っ!!」

「あはは、フェレトったら」

飛び跳ねる様に感情を表す。
幼い頃から、母の活躍を傍で見て、感じてきたフェレト。
他の誰がそうでなくても、フェレトがネフリータに憧憬の眼差しを送っていたのは必然なのだ。
そんな気持ちも分かってか分からずか、ネフリータの顔も緩みっぱなしだった。





----しかし、何かを『守る』というのは生半可な事ではない。
人々の相談事や手伝いにしても体力は必要になるだろう。
すぐに魔物の討伐を受ける事はないにしても、どこで魔物に遭遇するかも分からない。
魔物でなくても、野党など危険な存在はいる。
つまり、『戦闘技術』が必要なのだ。



「…んで、母様。
ココはドコなワケ?」

晴れてフェレトがG-Aになってから数日後。
ネフリータに連れて来られたのは、街外れにあるこの採掘場跡地。
草木もない、岩だらけのだだっ広いだけの場所。
強い日差しがじりじりと辺りを焦がしていた。

「あのね、何があるかも分からない危険な旅になるのは分かってるわよね…?
いっくら私でも可愛い愛娘を何の準備もなくは送り出せないの…!」

「か…、母様ぁ…!」

腕を組んだまま、ワナワナと手を震わせる。
フェレトはその言葉に感激して、顔の前に手を組んで瞳を潤ませた。
母娘の感動の場面。
…かと思われた。

「と、ゆー事でっ!
フェレトには魔道の修行を積んでもらいます!」

「…ほ?」

突如、鋭くビシッと音がしそうな勢いでフェレトに向かって指差す。
フェレトはというと呆気に取られ、さきほどの体勢のまま首だけを傾げた。
いい様のない疑問と、やっぱりかという諦めが混じった感情に支配される。

「フェレトッ!」

「はっ、はいッ!」

大声でフェレトの意識を集めるネフリータ。
思わず『気を付け』状態になってしまう。

「昔から貴方は私みたいに立派なG-Aになりたいっていってたわよね。
その気持ちはまだ変わってない?」

1つ、確認する様な口調で問うていく。
フェレトは一瞬考える素振りを見せた。
が、答えは決まっている。
唇を噛み締め、きっと強い視線でネフリータを射る。

「…あたしは母様みたいな立派なG-Aになりたいよ。
気持ちは変わってないし…、この何日かでむしろ強くなったくらいよ!」

心からの本音をブツけたフェレト。
真っ直ぐに伸びた肢体から、フェレトの緊張が覗える。
ネフリータは、しばらくフェレトの射る様な視線を正面から見据え返した。

「…じゃ、早速お勉強の時間ね」

「…は、はれ?」

優しい口調。
不意に緊張感がなくなり、穏やかな表情に戻るネフリータ。
試されていた事に気付いているのかは定かではないが、見事に最初の門を潜り抜けたのだ。
が、まだまだ本番はここからである。
思考の追い付かないフェレトが、間の抜けた顔を太陽に晒していた。

「じゃあ、ここで特別講師に登場してもらいましょ」

「…とくべつこうし?」

腕を組んで、うんうんと1人納得して話を進めていくネフリータ。
その時、ぶわっと強い風が吹き、2人の髪を靡かせる。

「はぁーはっはっはぁっ!
待たせたな、マイプレシャス!とぉーうッ!」

「!?」

跡地の崖の上から突如響いた野太い高笑い。
驚いてその声の方を向くフェレトだったが、ちょうど太陽を背にしていて逆光で黒い影としか映らなかった。
声の主は10m近い崖から高々と回転しながら飛び降りる。
ネフリータは不敵な笑みを湛え、得意げに目を瞑った。

ババァーーンッ!

「ふっ、特別講師、もといパパ参上ォーッ!」

「……」

華麗に着地すると、目の前で仁王立ちする男。
得意満面、歯を輝かせて現われたのは、フェレトの父ことシュラグノー=レジーナであった。
どうだ、と同じく得意げなネフリータと乾いた目で我が父を見やるフェレトの姿。
開いた口が塞がらない、というのはこういう事をいうのだろう。

シュラグノー、彼もネフリータも同様G-Aに所属している。
ネフリータほどではないが、彼も腕の立つ男としてそこそこに名を馳せていた。

「私はあんまり教えるって得意じゃなくてね~。
魔道については父さんに教えてもらいなさい。
この人こう見えて戦術とかに関しては頭の回る人だからさ」

「…へ~、意外」

あっけらかんとシュラグノーに丸投げするネフリータ。
ひらひらと手を振って、専門分野でないと身体で表している。
フェレトは半信半疑。
期待と疑いの混じった視線をシュラグノーへと向けていた。

「何せネフリータとの口喧嘩では負けた事がないからなぁ!」

「でも実戦で私に勝った事ないじゃない!」

「その通りッ!
殴り合いに持っていかない事、それこそがオレの闘いだッ!!」

「なぁにそんなんで威張ってんのよ!」

突如として熱を上げ始めた夫婦のトークバトル。
肝心のフェレトは完全に放置されている。
半ば諦めの表情を浮かべ、天気いいなぁ、なんて耽るフェレトをよそに、白熱した夫婦の闘論は10分ほど続いていくのだった----。



「…えーと、まずは『魔道』の基本的な説明から始めるぞ。
ネフリータ、あれをこっちに」

「はぁいはい」

顔に派手な引っ掻き傷を増やし、シュラグノーがやっとの事で特別講師らしく話し始めた。
ネフリータは、どこからか持って来たのかホワイトボードと共に正面へと歩いてくる。
やる気満々のシュラグノーに、如何にも疲れた顔付きのネフリータ。
なんとも対極的であった。
フェレトはというといつからか、その場に足を抱えて座り込んでいた。

「えー、まず魔道には4つの属性がある。
『火』・『水』・『風』、そしてお前が持つ『土』の4つだ」

「ふんふん」

ホワイトボードにペンで属性を書きながら、それらしく説明を始めた。
座ったまま、頷きながら走るペンを追いかけていくフェレト。
そこに来て、シュラグノーは気付いた様な顔で向き返った。

「そういえば、手続きほとんどネフリータが勝手に進めたらしいが…。
属性は土でよかったんだよな?」

「…へ?ああ、うん。
他なんて考えてもなかったしー」

そう、G-A入隊の手続きの一切を独断で行ったネフリータ。
当然の様に、属性も本人に聞くまでもなく『土』にしていたのだ。

まず大丈夫だろうとは思ったシュラグノーだったが、気になったのだろう。
しかし、当人は全く気にも留めていない様だった。
それはそれでどうかとも思いながら、話を進めていくシュラグノー。

「よしよし、それじゃあ土属性の特性の話をしよう。
えー、そもそも火・水と、風・土には根本的な違いがある。
フェレト、分かるかな?」

「ん~…、全部違うと思うんだけどなぁ」

大雑把な質問に曖昧な回答しか出来ないフェレト。
唇の前に指を立て、唸る様に考え込む。
シュラグノーも満更でもなく、納得した顔をしている。

「よろしい。まぁ、それも間違いじゃないからな。
…で、ここでいいたい違いってのは『そこに存在しているかどうか』だ。
火も水も状況によっては手近にあったりもするだろうが、基本的には難しい。
例えば水辺にいれば水はあるし、火事なんかが起きていれば火は存在するが、そう都合よくはいかないもんさ。
…それに対して、風と土。
この2つは常に周りに存在しているといっていい。
お前の周りにだって大気があるし、座っているのは大地そのものだ」

手を広げたり、フェレトの下を指差したりと動きを交える。
フェレトは素直にホワイトボードや指が向く方を向いて頷いている。

「どういう事かってぇと、魔道によって最初に行う事。
火・水の属性は、その火や水そのものをを『生み出す』事から始めるわけだ。
対して風・土属性は、そこにある大気や大地を『媒体として操る』事からスタート出来る。
…つまりは、『生成→操作』の最初の『生成』を省けるという事だッ!」

ババーン!

大げさな効果音と共に、ホワイトボードを掌で叩く。
得意気なシュラグノーだが…。

「…えっと、…よく分かんない」

いまいちピンとこない様子のフェレト。
指で頬を掻きながら照れ笑いを浮かべている。

「そうか…、そうだな…。
ちょっと簡単なところがあるって事だ…」

「あ、それなら分かるカモー」

如何にも残念そうな、力ない説明に打って変わったシュラグノー。
それをよそに、フェレトは文字通り閃いたかのに表情を輝かせた。

「はは、最初から理解出来れば世話もないしなぁ。
あとでまたじっくり復習もするとして、ここは先に進めるぞ。
更に、他の属性にはない、土属性だけの特性があるんだが分かるかな?」

「んーと…、え~っとぉ~…。
あっ、分かった他より重たいとか!」

またしても教鞭を取って意見を求めるシュラグノー。
フェレトは少し考えてから思い付いた他の属性と違いそうなところをいってみる。
どことなく手探りな感じが見て取れた。

「おっ、いいところを突いてきたな!
だが、惜しい!
それだと『質量がある』って事になるが、水にも質量はあるし、火や風でも風圧にすれば似た様な効果が得られるぞぉ」

「むむ…」

「ふふふ…、正解は『固体である』事だ。
火・風は気体だし、水は…、氷にすれば固体にもなるが、本質はやはり液体。
気体・液体だから故の利点もあるが、固体であるからこそ、その質量・衝撃力はズバ抜けているんだ」

まったく的外れでもなかったフェレトの意見に嬉しそうな反応を見せつつ、正しい答えを示すシュラグノー。
フェレトは、おー、といわんばかりに口を開いて目を丸くしている。
土属性の特性よりも、賢そうに見えてしまう父に驚きを感じているのだ。

「だから、よくも悪くも物理的な攻撃・防御が主になる。
オレやネフリータの様に体術を好んで使う者には、単純にその威力の起爆剤としても使えるし相性がいいんだ」

そこまでいうと、フェレトの方を向いて、ニヤッと笑ってみせる。

「…もちろん、フェレトにもな!」

父の言葉に好戦的な笑みで応えて見せる娘。
幼い頃から暇を見ては両親から体術を教わっていたフェレト。
同年代は愚か、少々の大人なんて相手にならないほどの格闘技能・体捌きは心得ていた。
お陰で学問の方はそこそこであったが…。

「じゃあ、ここからは実技の時間だ。
ネフリータ…は、ダメだなありゃ」

すっ、とホワイトボードを横に除けるシュラグノー。
ネフリータに目配せをするも、その人はつまらなかったのか、話の間に寝入ってしまっていた。

「…仕方ない、放っておいて進めておくか。
まずは土属性として、2つの基本魔道を教えておくぞぉ。
こっちだ、フェレト」

ネフリータはひとまず置いといて、跡地の開けた方へ歩を進める2人。
フェレトは武者震いでもしてしまいそうな昂揚感を感じていた。



「さて、まず1つ目、『アースリフター』からだな。
これは離れた地面を隆起させる魔道だ。
攻撃にも防御にも使える応用性の高い魔道だから、覚えてて損はないぞー?」

説明しつつ、地面に手を当てるシュラグノー。
理解する事も必要ではあるが、こと魔道は実践する事が重要になる。
フェレトはただただ熱い視線を送るばかり。

「いくぞ…」

小さな呟きと共にシュラグノーの顔から笑みが消える。
グッ、と力を込め、同時に二の腕の紋章が光り、存在感を増していく。
そして…。

「『アースリフター』ッ!!」

ズズズズ…

大げさな叫びを発し、地中から小さな地鳴りを響かせる。
フェレトは瞬きも忘れ、食い入る様にして身体を強張らせていた。

ズガァッ!!

離れたところから壁の様な石柱が隆起する。

「まぁこんなとこだろう…。
この石柱を壁にしたり、敵の進路を塞いだり、自分を打ち上げたりも出来るわけだ。
ただ問題は空中の敵には効果があまり…」

シュラグノーは、ぐっ、と親指で石柱を指差しながら解説を付け足していく。
だが、途中までいって先をいえなくなってしまう。
目線の先には初めて近くで魔道を目にし、その深紅をこれ以上ないくらいに輝かせているフェレトの姿。
落ち着きなく身体を揺らして、石柱から目を離さない。

「あ~…、やってみるか?」

「うんっ!!」

これ以上の説明は逆に無粋と判断したシュラグノー。
問われたフェレトの反応は早かった。
そそくさと地面に手を当て、静かに先の地面を見据える。
右腕の紋章が微かな光を発し始めた。

「出て来い…出て来い…、『アースリフター』ッ!!!」

バガァン!!

派手な音を立てて、地面をかち割る様に隆起する大量の岩。

「や…、やったぁ~出たぁーっ!!」

「……」

しゃがんでいた状態から飛び跳ねて喜ぶフェレト。
しかし、シュラグノーは腕を組んで沈黙している。
それはなぜか?
見事な成功、かと思いきや現れているのはゴツゴツとした正に岩。
形状もいびつで、量はやたらと多い。

「最初にしては、まずまず上出来といったところ…か。
力が入りすぎてるが…、そこは慣れとコツを掴む事だろな。
ちなみに、アースリフターにはこんな使い方もある…」

思いの外、厳しい評価だったシュラグノー。
また手を地に当て、力を込めていく。
フェレトもまた瞬きを忘れ、期待に目を輝かせる。

「アースリフターッ!」

ザギュンッ!

「あ…!」

次に現れたのは石柱ではない。
そこにあったのは、岩でこそあれ確かに『槍』。
その槍が、先に出していた壁を貫いている。
凄惨な光景に、ついにフェレトは言葉を失っていた。

「槍にすれば遠隔攻撃も可能だ。
牽制にもなるし、当たれば痛いぞぉ」

立ちあがって、笑いながらにブラックジョークを飛ばすシュラグノー。
フェレトは感心しきった顔で、シュラグノーと石槍とを見ていた。

「ふふふ、まぁこれは練習次第ですぐに出来る様になるだろう。
練習はあとでいくらでもすればいいとして、次の魔道だ。
またパパのかっこいいとこを見せてやるぞー!」

「おー!」

腕を振り上げて声を上げる2人。
いいところを見せてやろう。
面白くなってきた。
想いはそれぞれだった。

「よぅし、次は『グランドエッジ』を教えるぞー。
さっきのアースリフターは遠距離だったり、自分が有利に戦える状況を作るのに適している。
で、オレやフェレトは、元から打撃のスキルは高い。
でも魔物なんかの中には打撃に強いヤツもいるんだ。
そこで…、この魔道だ」

ざっと説明をして、ゴッ、と地面を殴り、手をめり込ませた。
また力を込めて、紋章が光り始める。
フェレトはマジマジと、その姿を見つめていた。

「よっと…、ほれ」

ずぼ…

地面から抜かれた手、その手首から先に剣状の岩が装着されていた。

「おぉー!!」

両手を握り、テンションと声も上げていくフェレト。
ふふん、とシュラグノーは誇らしげに胸を張る。

「このグランドエッジは、魔道の力で地中の好きな成分を集める。
で、思い通りの形状で武器を形成・装着する魔道なんだな~。
これなら体術のまま、攻撃は斬撃になるわけだ。
剣だけでなく、槍、斧なんかも出来るし、鎚状にすれば質量で打撃の威力も増せる」

「すっごー!
かっこいいー、武器いらないじゃん!!」

難しい顔で、これまた小難しい話を続けるシュラグノー。
嬉々とした表情で、率直な感想を述べるフェレト。
だが、その意見も的を得ていないわけではない。

「その通り、よく気付いたなフェレト!
まぁ戦い方の差でもあるんだが、オレやネフリータが無手でいる理由の1つには間違いない。
ネフリータくらいになれば、ゴリ押しでどうにでもなるがなぁ…」

腕に付いた剣を突っつきながら、ちょろちょろしているフェレト。
シュラグノーはネフリータに視線を向けるも、やはりグッスリだった。
はぁ、と溜息1つ。

「あ…」

溜息と同時に、剣は溶ける様に砂になり地面に同化していく。
残念がった様にフェレトが声を漏らした。
くすっ、と可笑しそうに笑いながらシュラグノーは話を続けていく。

「グランドエッジの形状・成分・重量・速度、すべて熟練度の為せるモノだ。
慣れれば短い時間で、堅く軽い成分を選び、好きな形で形成出来る様になるはずだ。
更に応用を利かせると…だ」

また1つ区切り、今までにない厳しい顔付きで離れた場所に残っていた石の壁と、そこに突き刺さる槍を睨む。
珍しい父の姿に気付き、フェレトも思わず息を飲んだ。
1度ゆらっと揺れる様にした後、力強く踏み込んで走り出す。

「アースリフター…!」

紋章を輝かせ、パンッ、と地面に手を触れ眼前に石柱を現出させる。
いままでと違っていたのは、その石柱の上の部分。
そこだけが柱の1部ではなく、勢いに乗せて宙へと打ち上げた。

「…グランドエッジッ!!」

発するが早いか、シュラグノーも上空へ跳ね上がる。
そのまま力任せに打ち上げた岩を殴り砕いた。
砕けた破片が飛び散り、辺りにツブテの雨を降らせる。
シュラグノーの姿も雨にのまれ、フェレトからは見えなくなってしまった。

「これがオレの極め技…、『断罪の王』だッ!!」

ドガアァァーーッ!!!

「へ…、ちょ、…っく!?」

ツブテが降り、次は砂塵が撒き上がる。
風圧を防ぐ様に構えを取るフェレト。
視界が悪く、すぐには様子が見えなかった。

サァーー

重力に逆らわず、砂煙は地へとその姿を伏していく。
だんだんと雨にのまれたその姿を表すシュラグノー。

「げっほげほ…、父様…、なぁにやって…」

咳き込みながら髪を振り、身体をはたいて砂埃を落としていくフェレト。
文句を垂れながら父を見つけ、そして言葉をなくした。

見付けた父は、右腕にその身の丈はあろうかという巨大な大斧を装着している。
恐らくは上空で岩を砕きながら装着したのだろう。
その巨大な質量と重力を纏っての一撃。
絶大な破壊力は重なっていた石柱を大きくえぐり取り、地表面にまで達している様だった。

「父様…、すごい…」

意志とは無関係に漏れた一言。
G-Aになって間もなく、基本の魔道すらまともに扱えないフェレトには次元の違う光景であったのだ。
素直に感心するフェレトの姿に、得意気な感情を隠さないシュラグノー。

「ふっ…、どうだフェレト。
これグボフっ!?」

「あれ…?」

シュラグノーなりに格好を付けようとしたのだろうが、残念ながら思惑は阻まれる。
自身の妻の手によって…。

「いっったいじゃないの!
何でこんなトコでそんな派手な技使ってるの!?」

「あ…、母様」

目にも止まらぬ速度でシュラグノーを蹴り飛ばしたネフリータ。
眠りこけていた彼女だったが、降り注いだツブテの雨によって現実に引き戻されてしまっていたのだ。
頭をさすりながら怒りを露わにしている。
感心しきっていたはずのフェレトのその感情も、一緒に吹き飛ばしてしまう。

シュラグノー。
格好の付かない男だった。



「いててて…。
手加減ないな…、ネフリータ…」

「何いってんの!
私なんて頭に石食らったのよ!?」

復活(?)したシュラグノーだが、またもネフリータと小競り合い。
もっとも、怒りに任せたネフリータの蹴りを食らったのだ。
シュラグノー並みの打たれ強さがなかったら、日が暮れるまで目も覚まさなかっただろう。

(父様と母様…、ホントに仲いいのカナ…?)

その様は弱冠12歳の子供に夫婦仲を心配されるほどのものであった。
自分が空気みたいな扱いをされるのも面白くないのだろう。

「そうだ、ネフリータ。
お前のアレもついでに見せてやってくれないか?」

「えぇー、アレってかなり疲れるのよ?」

「だってお前、あんな荒業、オレには出来ないし…。
それに、ほら…、な?」

何やら別件でまた食い違っている2人。
そして何かを渋っている様子のネフリータ。
しかし、シュラグノーの目配せで、揃って呆れ顔のフェレトの方へ目を向ける。

「?」

「まっ、フェレトの為なら仕方ないわねぇ
…フェレト、よく見てなさいよ!」

相変わらず蚊帳の外状態だったフェレトを会話の中心に引きずり込む。
フェレトは内容も掴めないまま、シュラグノーと共に少しばかりネフリータと距離を置いた。
身体を伸ばして、ストレッチしているネフリータをよそにシュラグノーは語り始める。

「アイツは…、ネフリータは格闘戦、それも打撃に関していうならG-Aの中でも最高峰。
オレがさっきやって見せた『断罪の王』があっただろ…、極め技だ。
ネフリータにも極め技がある。
あまりの荒業に誰も真似しようともしないけどな…。
見ておいて損はない、自分の母親がどれほどの存在なのか…」

「…父様?」

ネフリータには聞こえない程度の声で、フェレトへと語る。
だが、その視線はネフリータから離さない。
フェレトの方が違和感にシュラグノーを見上げてみた。

「始まるぞ」

短い言葉だったが、フェレトの心を動かすには十分だった。
はっ、としてネフリータを見やる。
当のネフリータは何の構えも取らず、静かに身体の力を抜いていた。

「うふふ…、あなただけなんてズルいからね…。
私だっていいトコ見せてあげなくちゃ…!」

緊張しているのか、シュラグノーは息をのんで心なし汗ばんでいる。
そんな事はものともせずに本人は余裕綽々でリラックス。
いい切ってから目を瞑り、左太ももの紋章が煌めく。

途端、ネフリータの周囲の地面が弾ける様に消失する。
多少の砂塵を舞い上げ、その隙間から光を漏らしていた。
その光が弾け、砂塵も吹き飛ばされ消える。
そこには…。

「久々ね…、これ。
ホント、出血大サービスなんだからっ」

そういって、悪戯っぽく笑ってみせるネフリータ。
鈍く光る、黒を中心に金をあしらった、鎧ともドレスとも取れる様な装甲を身に纏って立っている。
優雅さと荒々しさ、品性も野性も感じさせる深い鈍色。
その中で輝かしさを増す、長い翡翠色。
フェレトはそのすべてを瞳に映して、魅了された様な呆けた顔を張り付けていた。

「これがアイツの極め技…、いや『型』っていった方が正しいかな。
『術式兵装・黒衣の女王』…、ははは、相変わらずデタラメな魔道だよ」

「これが…、母様の…」

シュラグノーでさえも呆れる様な姿。
それさえ何の気なしにやってのけるネフリータ。
その性分も強さなのだろう。

「アイツが『翡翠の三日月』なんて呼ばれる由縁だが、スタミナの消費がデカすぎる。
質量の軽さ、装甲の薄さ、硬度とどれを取ってもケタ違い…。
アイツのずば抜けたセンスの為せる技だよ。
はは、間違ってもお前は真似なんか…」

…ぽてり

「…あれ、フェレト?」

その技法がどれほど凄いのかを、言葉を選んでいたシュラグノーだった。
が、最後に真似はするなといおうとするも、遅かった。
すでに慣れない魔道を使っていた事もあり、気付かない内にフェレトは疲弊していた。
それがここへ来て、溢れた好奇心から無茶な術式を試そうとしたのだ。
あっさりと目を回し、軽い音を立てながら倒れてしまった。

「ちょ、あなたフェレトに何してんのよッ!」

「待て待て、それどころじゃない!
まずその姿で殴ろうとするな!!」

1人が静かになってしまい、変わりに2人が騒ぎ出す。
駆け寄るネフリータに、慌てふためくシュラグノー。
バタバタとしながらも、修行とされた1日目から頑張りすぎた娘を背負う。
それぞれが満足気な微笑みを浮かべて、3人で家路へと着いていく。

小さな天使が、初めて自分の翼で羽ばたいた日の事だった----。



  -- to be continued --
2009/05/23/Sat 11:44:55  Collaboration./CM:0/TB:0/

§ Gift 第2宴

『The Name is Gift』

第2宴 ー魔縛ー





----これは10数年前の出来事。

国を別った大戦が終結してそれほど間もない頃。
かつては戦いに明け暮れ、貧困に陥った人々がやっとの思いで安定した暮らしを手に入れた頃。

戦場を駆け抜けた英雄達にも、平和な日常が舞い降りようとしていた時代の事----。





ここは学術都市イッフィン。
夕暮れ時にも関わらず、まだほのかな暑さの残る季節。
短めのウェーブヘアを弾ませながら、ショッピングエリアを歩く1人の少女。
つられて白いフリルのワンピースも揺らめいている。

「んー…っとぉ。
お肉屋さんはぁ~…、こっちかな?」

小さな手には大雑把に描かれた地図とメモを握り、肉屋を探して右往左往している。
そう、おつかいなのだ。

「あれぇ…、こっちじゃないのかなぁ…」

すぐそばに目的地はあるというのに、その存在を認識出来ないでいる少女。
不安げな表情で、きょろきょろと辺りを見渡した。

「……」

少し距離を置いたところに、物陰から少女を見つめる視線があった。
半身を建物で隠し、サングラスをかけ、耳にはイヤホンが装着されている。
不意にそのサングラスの男と少女の間に買い物途中の主婦の団体が通りかかる。

「くっ…、キングよりナイト1へ。
主婦の井戸端会議でターゲットが見えない…!
至急、状況を報告しろ!」

羽織った上着の襟元に向かって、野太い声で小さく話しかける男。
どうやらマイクが仕込まれている様だった。

(こちら、ナイト1。
ターゲットは肉屋を確認した模様。
現在、駆け足で肉屋に接近中!)

「よぅし、見付けたかぁ!
しかしまだ油断は出来んぞ、肉屋の主人に怪しい動きはないか!?
あと武器になりそうな物は持っていないだろうなッ!?」

部下と思わしき男からの返事に、ガッツポーズする男。
かと思いきや、今度はわたわたしながら捲くし立てる様に部下に質問を浴びせる。
声を徐々にボリュームアップ。
どう見ても本人が1番怪しい。
その異様な外見・動作に気付いてか、目の前を通る主婦が声をかけた。

「ちょっとアンタ、そこで何やって…ってぇ、シュラグノーさんじゃあないのさ!
アンタそんなとこでコソコソ何やってんだい?
サングラスなんてかけてまぁ!」

声をかけた主婦は、すぐにその怪しい男が誰なのかを把握し騒ぎ出す。
こうなってはタダの見せ物である。
話のネタを見付けたといわんばかりに主婦の団体に取り囲まれてしまった。

「ちょ!うっせぇ、どけどけオバちゃん!
そんなデケェ声で呼ぶんじゃねぇ、ヴァーリに気付かれる!」

ガタイのいい身体を縮める様にして隠れようとする。
全くの無意味だが、主婦の方々には益々興味を引かれる姿だったに違いない。
男の名はシュラグノー=レジーナ。
いま、正におつかいに駆り出されている少女、ヴァーリ=レジーナの父である。
自分でおつかいを頼んでおきながら、部下まで引き連れて娘の「はじめてのおつかい」が成功するかを見届けに来たのだ。
なんとも子煩悩な男だった。

「お…、ヴァ、ヴァーリちゃんじゃないか?
1人でおつかいかい?偉いねぇ」

「うん!とうさまが『肉食って強くなれ!』っていってね。
かあさまも手が放せないからって」

肉屋の中では客を捌きながらヴァーリの相手をする店主。
ヴァーリは目を輝かせながら、ガラスケースに身を乗り出す様にしている。
なんとも心の和む光景であろう。
店主の顔がわずかながら不自然に引きつってさえいなければ…。

「毎度ありぃ!
お母様にもよろしくいっといてくれよー!」

「はーい!」

無事におつかいという使命を果たし、店主に見送られるヴァーリ。
精一杯に手を大きく上げて満面の笑顔でいま来た道を戻ろうする。
が、振り返ったそこには少女の目にも不自然な人の塊。
主婦で中心は見えないが、確かに男の叫ぶ様な声がヴァーリにも聞こえていた。

「…?」

正面で肉屋の袋をぶら下げて、この謎の映像に首を傾げる。
その時、塊を割って1人の見知った顔が勢いよく眼前に現れた。

「いい…加減にしやがれ!
ヴァーリ見失っちまうだろうがッ!」

(ザザ…、ナイト2よりキングへ!
ダメです、そちらへ行かれては…!!」

「…あ」

やっとの事で人の波を掻い潜り、主婦の包囲網を突破したシュラグノー。
しかし、部下からの通信も甲斐なく、そこでヴァーリと鉢合わせしてしまった。
見上げるヴァーリの真っ赤な瞳には、ただただ呆然とするシュラグノーが映っている。

「逃げようたってそうはいかないわ…って、ヴァーリちゃん…
そ、そうだアタシ急いでんだったわ!」

追いかけて来た主婦だったが、ヴァーリの顔を見るや、そそくさと帰ってしまった。
そのまま主婦たちは1人、また1人といなくなっていく。
シュラグノーは一瞬耐える様な表情を見せるが、すぐに憂いを帯びた顔になる。
しかし、それすら長くは続けさせてはもらえなかった。

「…とうさま?
え…、なんでここに…?」

「え"!?あ~、いや、その…」

無邪気に当然の事を聞いてくるヴァーリ。
我に帰ったシュラグノーはまた困り果てていた。
このあとも、帰宅してからシュラグノーは、真実を知って機嫌を損ねたヴァーリを相手に困り果てるのである。
なんとも子煩悩な男だった。





「それでは、また明日ね
みなさん気を付けて帰るんですよ」

担任のひと言をきっかけに、生徒たちは帰宅する者、談笑に興じる者と別れて行く。
ここはハイクォーヴァー学園。
ヴァーリはこの春に初等部に入学したばかり。
しかし、すでにその頭角は現れ始めていた。

「いっしょに帰りましょ~?」

「あ、ちょっと待ってて」

入学して数ヶ月。
クラスメイトにも普段から行動を共にしていく間柄も珍しくない。
休憩時間、登下園、と。

「~~♪」

そんな中、1人で教室を後にするヴァーリ。
別段に浮かない顔をしているわけではない。
数ヶ月経っても、どうもクラスメイトに馴染めずにいるのだ。
クラスメイトもあまりヴァーリには近付こうとしなかった事も原因の1つではあったが…。

「せんせ、また明日ー!」

「はい、ごきげんよう
廊下は走ってはいけませんよ?」

放課後になり、賑わいを増す学内。
喧騒を小さな背中で聞きながら、ヴァーリは帰路へ着いた。



「ねぇ、とうさま、かあさま
1つ聞きたいんだけどいい?」

レジーナ邸。
ヴァーリは帰るなり、リビングでくつろぐ両親に尋ねた。

「どうかしたの、ヴァーリ?」

自分の大きくなったお腹をさすりながら対応をする母・ネフリータ。
ネフリータは3人目の子を妊娠しており、出産の予定日も近い。
2歳になるヴァーリの妹・フェレトも一緒になって懸命に母のお腹をさすっていた。

「えっとね…、クラスの子がいってたんだけどね。
…『いみご』ってなぁに?」

ガチャン!

その言葉に驚き、シュラグノーはカップを手から滑らせ落としてしまう。
慌ててこぼれた紅茶をテーブルの上に置いてあったナプキンで拭き始めた。
ネフリータも驚きを隠せずに表情が固まってしまっていた。
幼いフェレトだけが、理解出来るはずもなくお腹をさすり続けている。

「…そ、それがどうかしたのか、ヴァーリ?」

紅茶を拭きながら、出来るだけ平静を装う様にシュラグノーは聞き返す。
ネフリータは、ただ眺めているしか出来ていなかった。

「えっとね、よくは聞こえなかったんだけど…。
『いみご』はこわいんだっていってたの」

『忌子』がどういう言葉なのか、全く知識にないヴァーリ。
それが果して幸いしてなのか、シュラグノーは誤魔化してしまう。

「きっと「いいこ」を聞き間違えたんだろう。
ヴァーリの噂でもしてたんじゃないか?」

「ねぇさま、いいこ!」

誤魔化しにしても苦しいと、シュラグノー本人もそう思った。
が、意外にもその重苦しい場を覆したのは少しずつ話せる様になってきたばかりのフェレトだった。
まだ上手く話せないその仕草が、場を和ませる。

「そうね、ヴァーリもフェレトもいいこだもんねー?」

フェレトを持ち上げ、あやしながらそう笑いかけるネフリータ。
ヴァーリもまんざらでもない表情で、嬉しそうにしていた。

「さて、ヴァーリ。
夕飯の前に課題を済ませてしまいなさい」

「はーい!」

会話が一段落したところで、シュラグノーはそう切り出した。
ヴァーリも元気よく、走るようにして自室へ戻っていく
リビングに残った2人をしばらく複雑な空気が包んでいた。

「…つッ!!ぐぅ…」

突如として、静まり返っていたリビングに響く苦悶の音。
そこにはお腹を押さえて唸るネフリータの姿。
感傷にすら長くは浸らせてはもらえない。
慌ててシュラグノーはネフリータに駆け寄った。

「お、おい!大丈夫か、ネフリータ!?」

「予定日が早まったのかしら…。
ば…、婆様に連絡を…!」

少し声を荒げて人を呼ぶシュラグノー。
一気に騒がしくなる屋敷内。
雲行きも怪しくなってきた夕暮れだった。





----遡る事、更に5年前。
イッフィン中心街から少し離れた邸宅。
草木も眠る夜更け時の事。

「ふぎゃあぁぁ!ふぎゃあぁぁ!」

今宵、また1つの生命が、静寂を裂く歓喜の声が産まれ落ちた。

「や、やったぞネフリータっ!無事に産まれたぞ!」

「おめでとうございます、元気な女の子ですよ!」

1人の女性を囲っていた大人達。
その1人1人から、喜びの声が漏れてくる。
やっと訪れた瞬間に感情を隠し切れないでいた。

「…ーク」

そんな中、1人だけ目を見開き、何か小さく呟く老婆の姿があった。
その様子に気付いた助産師が声をかける。

「婆様、どうかなさいましたか?
…お顔が優れない様ですが」

「っ、…ああ、いや…。
少々疲れたらしいのぅ」

その声に一瞬ハッとした表情を浮かべた老婆。
しかし、すぐに平静を取り戻した。

「なぁに、休めば問題ないわい。
明日また定刻に来る。
あとは頼むぞい」

そう一気にいい切ると、返事も聞かず踵を返してしまう。
嬉々として抱き合う夫婦と幼子を背に、わずかな嫌悪感を抱えて…。



翌日、もう日が傾き始めた頃。
同じ邸宅に赤子と、その子を抱く夫婦。
自分達なしでは決して生きてはいけないその小さな身体に、愛おしい眼差しを向けている。

「はは、きっとお前に似た、綺麗な娘になるぞ」

「ふふ、そりゃあ女の子だもの。
あなたみたいにゴツくなったら可哀相だわ。
ねー?」

そういって赤子の頬を軽くつつく。
他愛ない、ありふれた会話。
それさえ2人には、輝かしく聞こえていた。

コンコン

「お館様、婆様がおいでです。お通してよろしいでしょうか?」

扉の向こうからのノックと男の声。
いままで穏やかな風だった2人だが、少し緊張した面持ちになる。
身体が強張っていた。

「いよいよ…か、お通ししてくれ」

「かしこまりました、…どうぞこちらです」

スムーズで定型文の様なやりとり。
どことなく口調まで堅くなっている。

カチャッ

「ふぉふぉ、邪魔するぞい。
ガラにもなく緊張なぞしおってのぅ」

部屋に入るなり茶化す様な態度を取る老婆。
それでいても的確なのは、やはり年の功なのかも知れない。
後ろの助産師は苦笑いだった。

「オレだって好きで緊張してる訳じゃない…。
仕方ないだろう?」

「ふふ、そうよ、婆様。あんまりホントの事いっちゃ可哀相だわ」

慌てる夫に、からかう妻。
その場が微笑ましくなるには十分過ぎるだろう。
しかし老婆は、素直には喜びとも取れない含みのある笑顔を見せていた。

「…婆様?」

穏やかで、厳しくもある、まるで海の様な表情。
違和感を感じたネフリータが思わず声をかけた。

「ふぉふぉ…。
その様子じゃあ、まずは無駄話、というのも酷じゃろうて」

聞こえなかったのか、話を進める老婆。
ネフリータが感じた違和感は、老婆以外の全員に小さく飛び火した。
が、それも一瞬の事。

「さて、早速始めるかの。
『降名の儀』…」

違和感をはっきりと感じ取る暇もなく、今度はピクリと身体を強張らせる。
途端に誰も口を開けなくなってしまった。


『降名の儀』。
それは文字通り、「名を降ろす」古くから伝う儀式。
新生児を加護する存在を霊視し、その存在から名を賜るのである。
名は子への刻印となり、加護する者との関連の象徴、寵愛の証になる。

儀には『降名師』の存在が不可欠であり、この老婆もまた数少ない降名師の1人である。
降名師の歴史は長く、彼らは霊感に優れ、霊視や予言、占術、祈祷なども行っている。
突出した能力が求められるため、なろうとしてなれるものではない、選ばれた者なのである。


「その前に…、すまんがお前達は席を外してくれんかの?」

少しバツの悪そうに、助産師と使用人に目配せしながら呟く。
しかし、その目は異を唱えるのを許すものではない。

「…と、いう事らしい。外してくれ」

戸惑うそぶりを見せる2人だったが、家主のシュラグノーにそういわれては取るべき行動は決まっている。
小さく礼をすると、静かに部屋を後にした。

「どういう事…?」

ネフリータの口から疑問が漏れる。
不透明な不安の色を浮かべて。
シュラグノーはうろたえこそしないが、真剣な眼差しで降名師を見やる。

「一応の。もしかしたら…と思うただけよ。
昨日は…、大きな存在を感じたからのぅ」

そう耽る様にいう。
降名の儀において、加護の主があまりに大きな場合もあり得る。
そういった場合、存在を危険視されたり、利用しようと事件に巻き込まれるケースは過去にいくつもあった。
それを未然に防ぐ為に、または個人の希望から、『必要最低限の人物にしか伝えない』という事前処置もよくある話ではあったのだ。

「そっ、それじゃあ…!」

2人して乗り出す様に声を揃える。
顔から曇りは消え、爛々とした期待の眼差しが現れた。
自分の子供が特別であって欲しい。
全ての親が持っているであろう願望がそこにあった。

「…ふむ」

しかし降名師は何も答えない。
無言のまま、静かに抱かれる赤子の頭を撫で始めた。
2、3度頭を撫で、手を頬にすっと当てる。

さっきの言葉と、今の態度と。
状況は両の親に期待も不安も与えるばかり。
2人にとっては、ものの1分ばかりが、どれほど長く感じられた事だろうか。
その感情の捻れが顔にまで表れようとした時に、2人にとってはようやく、降名師は1つの単語を紡ぎ出す。

「…ラーク」

一瞬静まり返る室内。
1拍置いてどちらかともなく夫婦が見合わせていた。

(ラーク…、聞いた事ある?)

互いが互いにそんな視線を送る。
その様子を察してか、慎重に言葉を進めた。

「ラーク…とは、『神にも等しい力を持つ霊的存在』…の、1つじゃ」

「なっ!」

一気に驚きに支配される2人。
ますます身体が強張っていく。
『神にも等しい』、その言葉の重さを2人が理解しているからだ。

数多の『神』や『神の徒』の加護を得た者。
言葉が示す通り、彼らは神に愛されている。
人そのもの力が強大な事も多く、成功者も数多い。

「それって…!」

さっきまでよりもトーンの上がった声。
2人の視線は、お互いの顔と降名師の顔を行き来する。
その目には確かな希望を携えていた。

「…聞けぃ」

いいかけたネフリータだったが、静かで、それでも威厳ある一言に封じられてしまう。
封じた降名師の目には、心なし俯いていても感じ取れる程の悲哀があった。

「ラークは、確かに神に劣らぬ程の力のある存在の事じゃ。
じゃが…、じゃがの…。
そこに善悪の概念はない。
つまりは…、『悪魔にも等しい存在』かも知れん…」

再び静まり返る室内。
しかし、今度の静寂はすぐには崩れなかった。
親にとって、身を裂かれるより辛い時というのは、確かにあるのかも知れない。
2人の顔は驚愕でも、悲痛でもなく、ただただ『無』だった。

気遣ってか、結果を告げた本人もしばらく何も口を開かない。
開く事が出来なかったのかも知れないが…。

「…………」

沈黙。
3人が3様の、1つにも似た負を持て余している。
相乗された負が広い部屋をも食らい尽くしてしまいそうで…。

悪魔や、それに近い存在が加護する場合、相応の『処置』が施されてきた例もある。
最悪のケースすら考えられたのも理由だろう。

「…じゃから、わしが"縛"をかける」

長く続いた静寂を破ったのは、やはり降名師だった。
打ちひしがれていたのではなく、最良の手を考えていたその人は静かに続ける。

「確かにラークは危険じゃ。
…じゃからといぅてな、そんな事はしとうはない」

呆然として聞き手になるしかない2人。
耳だけは、言葉を一言一句逃すまいと神経を澄ましている。
"そんな事はしたくない"。
気遣いが幾重にも編み込まれた一言だった。

「この子と、加護しておるラークとの糸に、名を以て直接"縛"をかける。
…望ましい名ではなかろうがの。
すまんが勘弁しておくれ…」

降名師は言葉そのものが持つ力を行使する事で、新たな意味を名に付随する事が出来る。
完全に加護する存在との繋がりは断てない。
それ故の"縛"であるが、かなりの効果を持った行為であった。

「しっ、しかし、それでは婆様が…!」

しかし、その行為は運命や真実を捩曲げる事に近く、望まれる事ではない。
反対する者も多く、罰せらる事さえあるのだ。
シュラグノーとネフリータの心中は複雑である。
しかし降名師は、少しばかり表情を緩めるだけで、唇を動かすのを止めなかった。

「この子の名は"ヴァーリ(縛)"。
…ヴァーリ=ラーク=レジーナ」





----それから3年後。
ちょうど妹・フェレトが生まれた頃の事。
3歳になったヴァーリの様子に異常もなく、"縛"の事も忘れかけられようとしていた頃の事。

その頃のレジーナ家にはセルベスという男が務めていた。
彼も前大戦時には、シュラグノーと共に戦場を駆けた歴戦の勇士である。
元々の催事に加え、フェレトの世話で両親共に忙しくなった事もあって、ヴァーリの世話についてある程度まで任されるほどに信用されていた男だった。

事件は何の変哲もないはずだった昼下がりに訪れる。
ある日、本屋に行きたいとせがんだヴァーリは、セルベスと共に散歩がてら街に出ていた。
その帰り道。

「お嬢様、あまり走っては危ないですぞ?」

「だいじょぶ~」

セルベスの注意を振りきって、まだ少し不器用に早歩きするヴァーリ。
この頃のヴァーリには見るもの全てが物珍しく、ただ出掛けるだけでも退屈とは無縁だった。
その好奇の眼差しを振りまく事を、終える術を知らないかの様に。
セルベスも注意はするも、微笑ましくも見守っていた。

「ねぇねぇ、セルベス!
あれ!あの花なんて花~?」

目に留まった鮮やかな赤を指差し、飛び跳ねる様に振り向いたヴァーリ。
しかし、そこには…。

「…セルベス?」

背中に鈍い赤を背負い、地に伏したまま動かないセルベス。
その向こう側には、対照的に鋭く銀に輝き、切っ先を赤く染めた剣を手から下げ、黒いコートを着込んだ男が立っている。
眼下のセルベスに視線を落とし、小さく漏らす様に口を開いた。

「やっと…、やっとカタが付いた…!」

自らを中心に赤黒い水溜りを造っていくセルベス。
ヴァーリはうるさく鳴り始めた鼓動に縛りつけられていた。

男からどういう感情が湧きあがっているのかは、誰にも分からない。
しかし、確かな喜びが読み取れ、小さく震えている様だった。
数秒の間を空けて、ちらっと男がヴァーリへ目線を移す。

「チッ…、子供…か」

またそう漏らすと、チャキッと剣を持ち直しヴァーリに向き直った。
その音に反応して身体をビクつかせるヴァーリ。
当然ながら事態を理解出来ない。

「悪いなお嬢ちゃん…。
私だって気は進まんが…、恨んでくれていい」

「え…、あ…」

剣と同様に鋭い目付きでにじり寄っていく男。
1歩、また1歩と一方的に両者の距離は短くなっていく。
ヴァーリも距離を離そうとしたが、たじろぐばかりで思う様に動けないでいた。

「主よ…、憐れみを。
…すまない」

懇願する様な呟き。
その一言と共に携えた剣を高く掲げ、大きく振り下ろす。

「ッ!!」



数時間してヴァーリは何事もなかったかの様に目覚める。
ただ、倒れる直前の記憶だけを欠落させて。
しばらくの間は、『セルベスどこ?』そればかりを尋ねていた。

シュラグノーとネフリータが駆け付けたのは、事態からほんの少しあと。
現場に残っていたのは、息のない盟友セルベス、深い眠りに就いていたヴァーリ。
そして、全身真っ黒に焼け焦げた『男だった』塊。

後の調べで、当時セルベスについて嗅ぎまわっていた男がいた事が分かった。
その男は大戦中に父親を失っており、それがセルベスのせいだと逆恨みをしていたらしい。
しかし、残された死体の状態が悪く、本人なのかどうかの判断は結局出来なかった。

幸いなのか、そうでないのか。
現場にほとんど人通りはなかった為、その時の目撃者はいなかった。
だが状況や、ヴァーリの加護主が非公開だった事もあり、勝手な人の憶測は飛び交う。
真偽も分からぬまま、事件の尾ひれは水面下で肥大化し、この後、ヴァーリは影で囁かれ始める。

『悪魔の子』、『忌子』と----。




舞台は戻り、レジーナ邸宅。
あれから数時間が経ち、時計の針は真上で重なろうとしていた。
すっかり黒に染まった窓からの景色は、打ちつける水滴に滲んでいる。
崩れた雲からは、止めどなく強い雨が落ちていた。

陣痛が始まったネフリータは、シュラグノーや駆け付けた老婆達と共に一室に籠ったきり、未だに出てこない。
どうやら長引いている様だった。

ヴァーリはというと、時間が遅くなった事もあり、寝る様にといいつけを受け自室のベッドにいた。
しかし、落ち着かないのか身体の向きを変えるばかりで、眠れずにいる。
自分に弟か妹が出来るという期待と、いまも痛みに苦しんでいるあろう母への心配。
早く生まれないかな、ずっとそう、そわそわとしていたのだ。

「まだ…なのかな?はぁ…」

また身体の向きを変え、黒く滲む窓の外へと溜息を漏らす。
複雑な心中は、忙しなさとして態度に表れるばかり。
とても眠れそうではなかった。

ガタガタ…ガタガタ…

「…?」

耳に入る音が変わった事に、すぐに気付いたヴァーリ。
すっと身体を起こし、音のする方を向いた。
見れば、風雨に吹かれて軋む窓と舞い上がるカーテン。

(閉まってたはずなんだけど…、おかしいなぁ…?)

感じた違和感に、数秒ばかりぼんやりとしていたヴァーリ。
が、すぐに窓を閉めるべくベッドから降りようとした。
その時だった。

「ごめんねぇ…、カーペット濡れちゃったねぇ」

聞こえてきた声の方に、バッと目を向ける。
窓の反対側、そこには見覚えのない女が1人立っていた。
両手を合わせ悪びれた態度を取る女。
膨れ上がっていく違和感は、ヴァーリの口を堅く閉ざしてしまう。

「さすがにアタシも出産の予定までは読めなかったけど…。
お陰で手薄で助かっちゃったぁ」

軽薄なノリでそういいながら、ヴァーリに近づいて行く女。
唇に人差し指を当て、じっとヴァーリを見つめている。
ヴァーリもただ目が離せず見つめ返すだけだった。

「んー、ねぇキミさ、ホントに『悪魔の子』なのぉ?」

「…?」

いままで、誰も聞こうとしなかった、聞けなかった事。
それをも軽々しく聞いてみせる女。
しかし、それを本人が知る事もなく、少し口を開けただけで不思議そうにしている。
聞けなかったのですらなく、聞いても無駄だったのだ。

「あっれぇ、違うのかなぁ?
でもでもぉ、お仕事なんだよねぇ…」

シュピンッ

残念そうな素振りを見せつつ、腰から折り畳みのナイフを取り出した。
暗い部屋でもほのかに光をたたえる細身の銀色。

ドクン

その攻撃的で、芸術的でもある様な銀に、ヴァーリは目を見開く。
真っ赤な瞳にその鋭さが映り込む。

「あぁん、怖がんないでぇ…?
こんなに可愛いコなんだもん。
せめて苦しまない様にするからぁ~…、ね?」

ドクン…ドクン…

そういいながらあやす様な口振りで歩を進める女。
裏腹にいい切ると空気は刺す様なそれに変わる。
しかし、女は勘違いしていた。

ヴァーリは怯えてはいなかった。
『近付いてくる他人。』
『携えられた銀。』
『自分に向けられた確かな害意。』
状況の全てがヴァーリの鼓動を速め、白紙の記憶をあぶり出そうとする。

「…ふぎゃあ、ふぎゃあ」

遠くから、微かに聞こえてきた泣き声。
一緒にいくつかの声も聞こえてくる。
ネフリータの長い戦いの末、ついに新たな命が産まれたのだろう。
ヴァーリも女も、一瞬、刻が止まったかの様に動きが止まった。

「産まれちゃったみたいだねぇ。
グズグズしてらんないかもぉ」

「……」

器用にナイフをくるくると回す女。
その言葉に、また2人の刻が動きだす。
が、ヴァーリは完全に自分の世界の中だった。
もうほとんどなくなる2人の距離。

「ホントもったいないなぁ…
でもぉ、ごめんねぇ」

「!!」

そう謝ってナイフを持ち直す女。
だが、謝ったのがいけなかったのだ。
ヴァーリに『向けられた刃と謝罪の言葉。』

増えるピースは、欠けた記憶の欠片になってはめ込まれていく。
無意識にかけていた鍵を自分でこじ開ける。
扉の向こうに何が眠っているのかも知らずに…。



ボゴォン!!

突如起きた爆発。
立ち上がる黒煙。
大きく欠けた邸宅の壁面。
幸いにも、炎は雨ですぐに消えていった。

「う…うぅ…」

露わになったヴァーリの部屋に雨が吹き込む。。
黒ずんだ部屋の、鼻を突く臭いの中で、ヴァーリは力なく床に座り込んでいた。
濡れた顔が涙のせいなのか、雨のせいなのかはもう分からない。

「うぅ…セルベス…」

だらりと天を仰ぎ、呟く。
忘れていたコト、封じていたモノ。
本能が選択した過去を、偶然か必然か取り戻したヴァーリ。

「ぐす…ぐす…、うあぁ…」

気付いた事を誤魔化す事に意味はない。
小さな身体には、決して相応ではない存在。
その主の存在に、今度こそヴァーリは怯えていた。



ヴァーリがレジーナ家の家督を継ぎたくないという意向を示すのはこの数年後の事。
その頃から、他人ともあまり関わろうとしなくなる。
彼女が思う事は、彼女にしか分からない。

「うわあ"ぁぁぁぁぁ…!!」

両手で顔を塞ぎ声を上げるヴァーリ。
雨足は強くなっていくばかり。



2つの産声が雨音に吸い込まれていった----。
2009/05/15/Fri 22:13:21  Gift./CM:0/TB:0/
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