§ 翡翠の心 -第1幕-
【Red Hearts】 Side Story『翡翠の心 ~The Heart of Nephrite~』 第1幕 『あたし、セリフ少なくない?』 ----これは、フェレト=レジーナがブルク城でリオナ一向と出会う、その1年ほど過去。 まだレジーナ家がある『学術都市イッフィン』に住んでいた頃の事である。 "Guardian-Angels(守護天使)"、略して"G-A"。 12歳になったフェレトがG-Aに入隊するところから物語は始まる。 「フェレトも、もう12歳になったのね~」 邸宅のリビングで、母娘揃ってティータイム。 片手にティーカップを持ち、思い付いた様に言葉を漏らすフェレトの母・ネフリータ=レジーナ。 長い翡翠色のポニーテールを垂らして、深紅の瞳が見えなくなるくらいに目を細める。 しみじみとした様子であった。 「どしたの母様、急に?」 机の反対側に座るフェレトが、クッキーに手を伸ばしながら話のきっかけを作る。 同じく、長めの翡翠色を下ろして、深紅の瞳に我が母を映している。 そこでネフリータが両手を合わせる様にして正面で、パンッと叩く。 「やっぱ可愛い娘には旅をさせなきゃねっ!」 「むぐ…ふぇ?」 唐突な発言ながらも、その顔付きは凛として気の迷いは感じさせない。 フェレトは手にしたクッキーをくわえて、きょとん顔だった。 「よぅし、決めたっ! そうと決まったらさっさと行くわよッ!」 「…え、えぇ?…ちょ、母様~!?」 何が決まったのか分からないまま、フェレトの腕を掴んで走り出すネフリータ。 爛々とした笑顔が輝かせて。 フェレトはクッキーを取りこぼしながら、なされるがままズルズルと引きずられいった。 そして----。 「これで今日からフェレトもG-Aよぉ~、やっ・た・わ・ねっ!」 ぱぁん、とフェレトの背中を勢いよく叩くネフリータ。 フェレトが呆然とする間にあれよあれよと手続きは終わり、気付いた時には右腕には紋章。 首には菱形のクリスタルペンダントが輝いていた。 「…へ?…えっとぉ」 戸惑いを全身から溢れさせ、目が紋章とペンダントとを行き来する。 "Guardian-Angels(守護天使)"、略して"G-A"とは、平たく表すとこの世界の平和を守る者である。 仕事の内容は、市民のお悩み相談からお手伝い、果ては強力な魔物の討伐にまで至る。 依頼内容の難易度によってはランクが付けられており、各々のランクに適した依頼を受ける事が勧められる。 依頼を遂行する事により報奨金と経験値が得られ、経験値が一定値にまで貯まるとランクも上がる仕組みになっている。 入隊条件はいくつかあるが、年齢は12歳からなのだ。 (※詳しくは本編『Red Hearts』をご覧下さい。) ちなみに、ネフリータのランクは実質最高ランクのS。 『翡翠の三日月』の雷名を轟かせている凄腕G-Aであった。 そんなネフリータだからこそ、フェレトにもG-Aを勧めたかったのだろう。 「…うっそ、ホントになっちゃったの…? "Guardian-Angels"…」 バタバタと振り回された挙句に、フェレトがやっと冷静にいまの状況を理解し始める。 目をパチクリしながらも、口元をだんだんと、でも確かに緩めていく。 ここまで一方的に引っ張っておきながら、実は内心、娘の反応に恐々していたネフリータ。 フェレトの顔を覗き込む様に様子を窺っていたが、そこに咲いていく笑顔に、安堵と共に期待を膨らませていく。 「ほぉら!黙ってないで、なんとかいいなさい~!」 調子に乗って悪戯っぽい笑顔で、フェレトを肘で突っつくネフリータ。 はっとして、フェレトはネフリータの方へ向き返り、ぱぁっ、と音がしそうな表情をこぼす。 「やったっ!やったよぉ、母様~っ!!」 「あはは、フェレトったら」 飛び跳ねる様に感情を表す。 幼い頃から、母の活躍を傍で見て、感じてきたフェレト。 他の誰がそうでなくても、フェレトがネフリータに憧憬の眼差しを送っていたのは必然なのだ。 そんな気持ちも分かってか分からずか、ネフリータの顔も緩みっぱなしだった。 ----しかし、何かを『守る』というのは生半可な事ではない。 人々の相談事や手伝いにしても体力は必要になるだろう。 すぐに魔物の討伐を受ける事はないにしても、どこで魔物に遭遇するかも分からない。 魔物でなくても、野党など危険な存在はいる。 つまり、『戦闘技術』が必要なのだ。 「…んで、母様。 ココはドコなワケ?」 晴れてフェレトがG-Aになってから数日後。 ネフリータに連れて来られたのは、街外れにあるこの採掘場跡地。 草木もない、岩だらけのだだっ広いだけの場所。 強い日差しがじりじりと辺りを焦がしていた。 「あのね、何があるかも分からない危険な旅になるのは分かってるわよね…? いっくら私でも可愛い愛娘を何の準備もなくは送り出せないの…!」 「か…、母様ぁ…!」 腕を組んだまま、ワナワナと手を震わせる。 フェレトはその言葉に感激して、顔の前に手を組んで瞳を潤ませた。 母娘の感動の場面。 …かと思われた。 「と、ゆー事でっ! フェレトには魔道の修行を積んでもらいます!」 「…ほ?」 突如、鋭くビシッと音がしそうな勢いでフェレトに向かって指差す。 フェレトはというと呆気に取られ、さきほどの体勢のまま首だけを傾げた。 いい様のない疑問と、やっぱりかという諦めが混じった感情に支配される。 「フェレトッ!」 「はっ、はいッ!」 大声でフェレトの意識を集めるネフリータ。 思わず『気を付け』状態になってしまう。 「昔から貴方は私みたいに立派なG-Aになりたいっていってたわよね。 その気持ちはまだ変わってない?」 1つ、確認する様な口調で問うていく。 フェレトは一瞬考える素振りを見せた。 が、答えは決まっている。 唇を噛み締め、きっと強い視線でネフリータを射る。 「…あたしは母様みたいな立派なG-Aになりたいよ。 気持ちは変わってないし…、この何日かでむしろ強くなったくらいよ!」 心からの本音をブツけたフェレト。 真っ直ぐに伸びた肢体から、フェレトの緊張が覗える。 ネフリータは、しばらくフェレトの射る様な視線を正面から見据え返した。 「…じゃ、早速お勉強の時間ね」 「…は、はれ?」 優しい口調。 不意に緊張感がなくなり、穏やかな表情に戻るネフリータ。 試されていた事に気付いているのかは定かではないが、見事に最初の門を潜り抜けたのだ。 が、まだまだ本番はここからである。 思考の追い付かないフェレトが、間の抜けた顔を太陽に晒していた。 「じゃあ、ここで特別講師に登場してもらいましょ」 「…とくべつこうし?」 腕を組んで、うんうんと1人納得して話を進めていくネフリータ。 その時、ぶわっと強い風が吹き、2人の髪を靡かせる。 「はぁーはっはっはぁっ! 待たせたな、マイプレシャス!とぉーうッ!」 「!?」 跡地の崖の上から突如響いた野太い高笑い。 驚いてその声の方を向くフェレトだったが、ちょうど太陽を背にしていて逆光で黒い影としか映らなかった。 声の主は10m近い崖から高々と回転しながら飛び降りる。 ネフリータは不敵な笑みを湛え、得意げに目を瞑った。 ババァーーンッ! 「ふっ、特別講師、もといパパ参上ォーッ!」 「……」 華麗に着地すると、目の前で仁王立ちする男。 得意満面、歯を輝かせて現われたのは、フェレトの父ことシュラグノー=レジーナであった。 どうだ、と同じく得意げなネフリータと乾いた目で我が父を見やるフェレトの姿。 開いた口が塞がらない、というのはこういう事をいうのだろう。 シュラグノー、彼もネフリータも同様G-Aに所属している。 ネフリータほどではないが、彼も腕の立つ男としてそこそこに名を馳せていた。 「私はあんまり教えるって得意じゃなくてね~。 魔道については父さんに教えてもらいなさい。 この人こう見えて戦術とかに関しては頭の回る人だからさ」 「…へ~、意外」 あっけらかんとシュラグノーに丸投げするネフリータ。 ひらひらと手を振って、専門分野でないと身体で表している。 フェレトは半信半疑。 期待と疑いの混じった視線をシュラグノーへと向けていた。 「何せネフリータとの口喧嘩では負けた事がないからなぁ!」 「でも実戦で私に勝った事ないじゃない!」 「その通りッ! 殴り合いに持っていかない事、それこそがオレの闘いだッ!!」 「なぁにそんなんで威張ってんのよ!」 突如として熱を上げ始めた夫婦のトークバトル。 肝心のフェレトは完全に放置されている。 半ば諦めの表情を浮かべ、天気いいなぁ、なんて耽るフェレトをよそに、白熱した夫婦の闘論は10分ほど続いていくのだった----。 「…えーと、まずは『魔道』の基本的な説明から始めるぞ。 ネフリータ、あれをこっちに」 「はぁいはい」 顔に派手な引っ掻き傷を増やし、シュラグノーがやっとの事で特別講師らしく話し始めた。 ネフリータは、どこからか持って来たのかホワイトボードと共に正面へと歩いてくる。 やる気満々のシュラグノーに、如何にも疲れた顔付きのネフリータ。 なんとも対極的であった。 フェレトはというといつからか、その場に足を抱えて座り込んでいた。 「えー、まず魔道には4つの属性がある。 『火』・『水』・『風』、そしてお前が持つ『土』の4つだ」 「ふんふん」 ホワイトボードにペンで属性を書きながら、それらしく説明を始めた。 座ったまま、頷きながら走るペンを追いかけていくフェレト。 そこに来て、シュラグノーは気付いた様な顔で向き返った。 「そういえば、手続きほとんどネフリータが勝手に進めたらしいが…。 属性は土でよかったんだよな?」 「…へ?ああ、うん。 他なんて考えてもなかったしー」 そう、G-A入隊の手続きの一切を独断で行ったネフリータ。 当然の様に、属性も本人に聞くまでもなく『土』にしていたのだ。 まず大丈夫だろうとは思ったシュラグノーだったが、気になったのだろう。 しかし、当人は全く気にも留めていない様だった。 それはそれでどうかとも思いながら、話を進めていくシュラグノー。 「よしよし、それじゃあ土属性の特性の話をしよう。 えー、そもそも火・水と、風・土には根本的な違いがある。 フェレト、分かるかな?」 「ん~…、全部違うと思うんだけどなぁ」 大雑把な質問に曖昧な回答しか出来ないフェレト。 唇の前に指を立て、唸る様に考え込む。 シュラグノーも満更でもなく、納得した顔をしている。 「よろしい。まぁ、それも間違いじゃないからな。 …で、ここでいいたい違いってのは『そこに存在しているかどうか』だ。 火も水も状況によっては手近にあったりもするだろうが、基本的には難しい。 例えば水辺にいれば水はあるし、火事なんかが起きていれば火は存在するが、そう都合よくはいかないもんさ。 …それに対して、風と土。 この2つは常に周りに存在しているといっていい。 お前の周りにだって大気があるし、座っているのは大地そのものだ」 手を広げたり、フェレトの下を指差したりと動きを交える。 フェレトは素直にホワイトボードや指が向く方を向いて頷いている。 「どういう事かってぇと、魔道によって最初に行う事。 火・水の属性は、その火や水そのものをを『生み出す』事から始めるわけだ。 対して風・土属性は、そこにある大気や大地を『媒体として操る』事からスタート出来る。 …つまりは、『生成→操作』の最初の『生成』を省けるという事だッ!」 ババーン! 大げさな効果音と共に、ホワイトボードを掌で叩く。 得意気なシュラグノーだが…。 「…えっと、…よく分かんない」 いまいちピンとこない様子のフェレト。 指で頬を掻きながら照れ笑いを浮かべている。 「そうか…、そうだな…。 ちょっと簡単なところがあるって事だ…」 「あ、それなら分かるカモー」 如何にも残念そうな、力ない説明に打って変わったシュラグノー。 それをよそに、フェレトは文字通り閃いたかのに表情を輝かせた。 「はは、最初から理解出来れば世話もないしなぁ。 あとでまたじっくり復習もするとして、ここは先に進めるぞ。 更に、他の属性にはない、土属性だけの特性があるんだが分かるかな?」 「んーと…、え~っとぉ~…。 あっ、分かった他より重たいとか!」 またしても教鞭を取って意見を求めるシュラグノー。 フェレトは少し考えてから思い付いた他の属性と違いそうなところをいってみる。 どことなく手探りな感じが見て取れた。 「おっ、いいところを突いてきたな! だが、惜しい! それだと『質量がある』って事になるが、水にも質量はあるし、火や風でも風圧にすれば似た様な効果が得られるぞぉ」 「むむ…」 「ふふふ…、正解は『固体である』事だ。 火・風は気体だし、水は…、氷にすれば固体にもなるが、本質はやはり液体。 気体・液体だから故の利点もあるが、固体であるからこそ、その質量・衝撃力はズバ抜けているんだ」 まったく的外れでもなかったフェレトの意見に嬉しそうな反応を見せつつ、正しい答えを示すシュラグノー。 フェレトは、おー、といわんばかりに口を開いて目を丸くしている。 土属性の特性よりも、賢そうに見えてしまう父に驚きを感じているのだ。 「だから、よくも悪くも物理的な攻撃・防御が主になる。 オレやネフリータの様に体術を好んで使う者には、単純にその威力の起爆剤としても使えるし相性がいいんだ」 そこまでいうと、フェレトの方を向いて、ニヤッと笑ってみせる。 「…もちろん、フェレトにもな!」 父の言葉に好戦的な笑みで応えて見せる娘。 幼い頃から暇を見ては両親から体術を教わっていたフェレト。 同年代は愚か、少々の大人なんて相手にならないほどの格闘技能・体捌きは心得ていた。 お陰で学問の方はそこそこであったが…。 「じゃあ、ここからは実技の時間だ。 ネフリータ…は、ダメだなありゃ」 すっ、とホワイトボードを横に除けるシュラグノー。 ネフリータに目配せをするも、その人はつまらなかったのか、話の間に寝入ってしまっていた。 「…仕方ない、放っておいて進めておくか。 まずは土属性として、2つの基本魔道を教えておくぞぉ。 こっちだ、フェレト」 ネフリータはひとまず置いといて、跡地の開けた方へ歩を進める2人。 フェレトは武者震いでもしてしまいそうな昂揚感を感じていた。 「さて、まず1つ目、『アースリフター』からだな。 これは離れた地面を隆起させる魔道だ。 攻撃にも防御にも使える応用性の高い魔道だから、覚えてて損はないぞー?」 説明しつつ、地面に手を当てるシュラグノー。 理解する事も必要ではあるが、こと魔道は実践する事が重要になる。 フェレトはただただ熱い視線を送るばかり。 「いくぞ…」 小さな呟きと共にシュラグノーの顔から笑みが消える。 グッ、と力を込め、同時に二の腕の紋章が光り、存在感を増していく。 そして…。 「『アースリフター』ッ!!」 ズズズズ… 大げさな叫びを発し、地中から小さな地鳴りを響かせる。 フェレトは瞬きも忘れ、食い入る様にして身体を強張らせていた。 ズガァッ!! 離れたところから壁の様な石柱が隆起する。 「まぁこんなとこだろう…。 この石柱を壁にしたり、敵の進路を塞いだり、自分を打ち上げたりも出来るわけだ。 ただ問題は空中の敵には効果があまり…」 シュラグノーは、ぐっ、と親指で石柱を指差しながら解説を付け足していく。 だが、途中までいって先をいえなくなってしまう。 目線の先には初めて近くで魔道を目にし、その深紅をこれ以上ないくらいに輝かせているフェレトの姿。 落ち着きなく身体を揺らして、石柱から目を離さない。 「あ~…、やってみるか?」 「うんっ!!」 これ以上の説明は逆に無粋と判断したシュラグノー。 問われたフェレトの反応は早かった。 そそくさと地面に手を当て、静かに先の地面を見据える。 右腕の紋章が微かな光を発し始めた。 「出て来い…出て来い…、『アースリフター』ッ!!!」 バガァン!! 派手な音を立てて、地面をかち割る様に隆起する大量の岩。 「や…、やったぁ~出たぁーっ!!」 「……」 しゃがんでいた状態から飛び跳ねて喜ぶフェレト。 しかし、シュラグノーは腕を組んで沈黙している。 それはなぜか? 見事な成功、かと思いきや現れているのはゴツゴツとした正に岩。 形状もいびつで、量はやたらと多い。 「最初にしては、まずまず上出来といったところ…か。 力が入りすぎてるが…、そこは慣れとコツを掴む事だろな。 ちなみに、アースリフターにはこんな使い方もある…」 思いの外、厳しい評価だったシュラグノー。 また手を地に当て、力を込めていく。 フェレトもまた瞬きを忘れ、期待に目を輝かせる。 「アースリフターッ!」 ザギュンッ! 「あ…!」 次に現れたのは石柱ではない。 そこにあったのは、岩でこそあれ確かに『槍』。 その槍が、先に出していた壁を貫いている。 凄惨な光景に、ついにフェレトは言葉を失っていた。 「槍にすれば遠隔攻撃も可能だ。 牽制にもなるし、当たれば痛いぞぉ」 立ちあがって、笑いながらにブラックジョークを飛ばすシュラグノー。 フェレトは感心しきった顔で、シュラグノーと石槍とを見ていた。 「ふふふ、まぁこれは練習次第ですぐに出来る様になるだろう。 練習はあとでいくらでもすればいいとして、次の魔道だ。 またパパのかっこいいとこを見せてやるぞー!」 「おー!」 腕を振り上げて声を上げる2人。 いいところを見せてやろう。 面白くなってきた。 想いはそれぞれだった。 「よぅし、次は『グランドエッジ』を教えるぞー。 さっきのアースリフターは遠距離だったり、自分が有利に戦える状況を作るのに適している。 で、オレやフェレトは、元から打撃のスキルは高い。 でも魔物なんかの中には打撃に強いヤツもいるんだ。 そこで…、この魔道だ」 ざっと説明をして、ゴッ、と地面を殴り、手をめり込ませた。 また力を込めて、紋章が光り始める。 フェレトはマジマジと、その姿を見つめていた。 「よっと…、ほれ」 ずぼ… 地面から抜かれた手、その手首から先に剣状の岩が装着されていた。 「おぉー!!」 両手を握り、テンションと声も上げていくフェレト。 ふふん、とシュラグノーは誇らしげに胸を張る。 「このグランドエッジは、魔道の力で地中の好きな成分を集める。 で、思い通りの形状で武器を形成・装着する魔道なんだな~。 これなら体術のまま、攻撃は斬撃になるわけだ。 剣だけでなく、槍、斧なんかも出来るし、鎚状にすれば質量で打撃の威力も増せる」 「すっごー! かっこいいー、武器いらないじゃん!!」 難しい顔で、これまた小難しい話を続けるシュラグノー。 嬉々とした表情で、率直な感想を述べるフェレト。 だが、その意見も的を得ていないわけではない。 「その通り、よく気付いたなフェレト! まぁ戦い方の差でもあるんだが、オレやネフリータが無手でいる理由の1つには間違いない。 ネフリータくらいになれば、ゴリ押しでどうにでもなるがなぁ…」 腕に付いた剣を突っつきながら、ちょろちょろしているフェレト。 シュラグノーはネフリータに視線を向けるも、やはりグッスリだった。 はぁ、と溜息1つ。 「あ…」 溜息と同時に、剣は溶ける様に砂になり地面に同化していく。 残念がった様にフェレトが声を漏らした。 くすっ、と可笑しそうに笑いながらシュラグノーは話を続けていく。 「グランドエッジの形状・成分・重量・速度、すべて熟練度の為せるモノだ。 慣れれば短い時間で、堅く軽い成分を選び、好きな形で形成出来る様になるはずだ。 更に応用を利かせると…だ」 また1つ区切り、今までにない厳しい顔付きで離れた場所に残っていた石の壁と、そこに突き刺さる槍を睨む。 珍しい父の姿に気付き、フェレトも思わず息を飲んだ。 1度ゆらっと揺れる様にした後、力強く踏み込んで走り出す。 「アースリフター…!」 紋章を輝かせ、パンッ、と地面に手を触れ眼前に石柱を現出させる。 いままでと違っていたのは、その石柱の上の部分。 そこだけが柱の1部ではなく、勢いに乗せて宙へと打ち上げた。 「…グランドエッジッ!!」 発するが早いか、シュラグノーも上空へ跳ね上がる。 そのまま力任せに打ち上げた岩を殴り砕いた。 砕けた破片が飛び散り、辺りにツブテの雨を降らせる。 シュラグノーの姿も雨にのまれ、フェレトからは見えなくなってしまった。 「これがオレの極め技…、『断罪の王』だッ!!」 ドガアァァーーッ!!! 「へ…、ちょ、…っく!?」 ツブテが降り、次は砂塵が撒き上がる。 風圧を防ぐ様に構えを取るフェレト。 視界が悪く、すぐには様子が見えなかった。 サァーー 重力に逆らわず、砂煙は地へとその姿を伏していく。 だんだんと雨にのまれたその姿を表すシュラグノー。 「げっほげほ…、父様…、なぁにやって…」 咳き込みながら髪を振り、身体をはたいて砂埃を落としていくフェレト。 文句を垂れながら父を見つけ、そして言葉をなくした。 見付けた父は、右腕にその身の丈はあろうかという巨大な大斧を装着している。 恐らくは上空で岩を砕きながら装着したのだろう。 その巨大な質量と重力を纏っての一撃。 絶大な破壊力は重なっていた石柱を大きくえぐり取り、地表面にまで達している様だった。 「父様…、すごい…」 意志とは無関係に漏れた一言。 G-Aになって間もなく、基本の魔道すらまともに扱えないフェレトには次元の違う光景であったのだ。 素直に感心するフェレトの姿に、得意気な感情を隠さないシュラグノー。 「ふっ…、どうだフェレト。 これグボフっ!?」 「あれ…?」 シュラグノーなりに格好を付けようとしたのだろうが、残念ながら思惑は阻まれる。 自身の妻の手によって…。 「いっったいじゃないの! 何でこんなトコでそんな派手な技使ってるの!?」 「あ…、母様」 目にも止まらぬ速度でシュラグノーを蹴り飛ばしたネフリータ。 眠りこけていた彼女だったが、降り注いだツブテの雨によって現実に引き戻されてしまっていたのだ。 頭をさすりながら怒りを露わにしている。 感心しきっていたはずのフェレトのその感情も、一緒に吹き飛ばしてしまう。 シュラグノー。 格好の付かない男だった。 「いててて…。 手加減ないな…、ネフリータ…」 「何いってんの! 私なんて頭に石食らったのよ!?」 復活(?)したシュラグノーだが、またもネフリータと小競り合い。 もっとも、怒りに任せたネフリータの蹴りを食らったのだ。 シュラグノー並みの打たれ強さがなかったら、日が暮れるまで目も覚まさなかっただろう。 (父様と母様…、ホントに仲いいのカナ…?) その様は弱冠12歳の子供に夫婦仲を心配されるほどのものであった。 自分が空気みたいな扱いをされるのも面白くないのだろう。 「そうだ、ネフリータ。 お前のアレもついでに見せてやってくれないか?」 「えぇー、アレってかなり疲れるのよ?」 「だってお前、あんな荒業、オレには出来ないし…。 それに、ほら…、な?」 何やら別件でまた食い違っている2人。 そして何かを渋っている様子のネフリータ。 しかし、シュラグノーの目配せで、揃って呆れ顔のフェレトの方へ目を向ける。 「?」 「まっ、フェレトの為なら仕方ないわねぇ …フェレト、よく見てなさいよ!」 相変わらず蚊帳の外状態だったフェレトを会話の中心に引きずり込む。 フェレトは内容も掴めないまま、シュラグノーと共に少しばかりネフリータと距離を置いた。 身体を伸ばして、ストレッチしているネフリータをよそにシュラグノーは語り始める。 「アイツは…、ネフリータは格闘戦、それも打撃に関していうならG-Aの中でも最高峰。 オレがさっきやって見せた『断罪の王』があっただろ…、極め技だ。 ネフリータにも極め技がある。 あまりの荒業に誰も真似しようともしないけどな…。 見ておいて損はない、自分の母親がどれほどの存在なのか…」 「…父様?」 ネフリータには聞こえない程度の声で、フェレトへと語る。 だが、その視線はネフリータから離さない。 フェレトの方が違和感にシュラグノーを見上げてみた。 「始まるぞ」 短い言葉だったが、フェレトの心を動かすには十分だった。 はっ、としてネフリータを見やる。 当のネフリータは何の構えも取らず、静かに身体の力を抜いていた。 「うふふ…、あなただけなんてズルいからね…。 私だっていいトコ見せてあげなくちゃ…!」 緊張しているのか、シュラグノーは息をのんで心なし汗ばんでいる。 そんな事はものともせずに本人は余裕綽々でリラックス。 いい切ってから目を瞑り、左太ももの紋章が煌めく。 途端、ネフリータの周囲の地面が弾ける様に消失する。 多少の砂塵を舞い上げ、その隙間から光を漏らしていた。 その光が弾け、砂塵も吹き飛ばされ消える。 そこには…。 「久々ね…、これ。 ホント、出血大サービスなんだからっ」 そういって、悪戯っぽく笑ってみせるネフリータ。 鈍く光る、黒を中心に金をあしらった、鎧ともドレスとも取れる様な装甲を身に纏って立っている。 優雅さと荒々しさ、品性も野性も感じさせる深い鈍色。 その中で輝かしさを増す、長い翡翠色。 フェレトはそのすべてを瞳に映して、魅了された様な呆けた顔を張り付けていた。 「これがアイツの極め技…、いや『型』っていった方が正しいかな。 『術式兵装・黒衣の女王』…、ははは、相変わらずデタラメな魔道だよ」 「これが…、母様の…」 シュラグノーでさえも呆れる様な姿。 それさえ何の気なしにやってのけるネフリータ。 その性分も強さなのだろう。 「アイツが『翡翠の三日月』なんて呼ばれる由縁だが、スタミナの消費がデカすぎる。 質量の軽さ、装甲の薄さ、硬度とどれを取ってもケタ違い…。 アイツのずば抜けたセンスの為せる技だよ。 はは、間違ってもお前は真似なんか…」 …ぽてり 「…あれ、フェレト?」 その技法がどれほど凄いのかを、言葉を選んでいたシュラグノーだった。 が、最後に真似はするなといおうとするも、遅かった。 すでに慣れない魔道を使っていた事もあり、気付かない内にフェレトは疲弊していた。 それがここへ来て、溢れた好奇心から無茶な術式を試そうとしたのだ。 あっさりと目を回し、軽い音を立てながら倒れてしまった。 「ちょ、あなたフェレトに何してんのよッ!」 「待て待て、それどころじゃない! まずその姿で殴ろうとするな!!」 1人が静かになってしまい、変わりに2人が騒ぎ出す。 駆け寄るネフリータに、慌てふためくシュラグノー。 バタバタとしながらも、修行とされた1日目から頑張りすぎた娘を背負う。 それぞれが満足気な微笑みを浮かべて、3人で家路へと着いていく。 小さな天使が、初めて自分の翼で羽ばたいた日の事だった----。 -- to be continued -- スポンサーサイト
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