レジーナさんちの徒然黙示録

屋敷の一室にある雑記帳 今日は誰が何を綴るのか…

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§ Gift 第2宴

『The Name is Gift』

第2宴 ー魔縛ー





----これは10数年前の出来事。

国を別った大戦が終結してそれほど間もない頃。
かつては戦いに明け暮れ、貧困に陥った人々がやっとの思いで安定した暮らしを手に入れた頃。

戦場を駆け抜けた英雄達にも、平和な日常が舞い降りようとしていた時代の事----。





ここは学術都市イッフィン。
夕暮れ時にも関わらず、まだほのかな暑さの残る季節。
短めのウェーブヘアを弾ませながら、ショッピングエリアを歩く1人の少女。
つられて白いフリルのワンピースも揺らめいている。

「んー…っとぉ。
お肉屋さんはぁ~…、こっちかな?」

小さな手には大雑把に描かれた地図とメモを握り、肉屋を探して右往左往している。
そう、おつかいなのだ。

「あれぇ…、こっちじゃないのかなぁ…」

すぐそばに目的地はあるというのに、その存在を認識出来ないでいる少女。
不安げな表情で、きょろきょろと辺りを見渡した。

「……」

少し距離を置いたところに、物陰から少女を見つめる視線があった。
半身を建物で隠し、サングラスをかけ、耳にはイヤホンが装着されている。
不意にそのサングラスの男と少女の間に買い物途中の主婦の団体が通りかかる。

「くっ…、キングよりナイト1へ。
主婦の井戸端会議でターゲットが見えない…!
至急、状況を報告しろ!」

羽織った上着の襟元に向かって、野太い声で小さく話しかける男。
どうやらマイクが仕込まれている様だった。

(こちら、ナイト1。
ターゲットは肉屋を確認した模様。
現在、駆け足で肉屋に接近中!)

「よぅし、見付けたかぁ!
しかしまだ油断は出来んぞ、肉屋の主人に怪しい動きはないか!?
あと武器になりそうな物は持っていないだろうなッ!?」

部下と思わしき男からの返事に、ガッツポーズする男。
かと思いきや、今度はわたわたしながら捲くし立てる様に部下に質問を浴びせる。
声を徐々にボリュームアップ。
どう見ても本人が1番怪しい。
その異様な外見・動作に気付いてか、目の前を通る主婦が声をかけた。

「ちょっとアンタ、そこで何やって…ってぇ、シュラグノーさんじゃあないのさ!
アンタそんなとこでコソコソ何やってんだい?
サングラスなんてかけてまぁ!」

声をかけた主婦は、すぐにその怪しい男が誰なのかを把握し騒ぎ出す。
こうなってはタダの見せ物である。
話のネタを見付けたといわんばかりに主婦の団体に取り囲まれてしまった。

「ちょ!うっせぇ、どけどけオバちゃん!
そんなデケェ声で呼ぶんじゃねぇ、ヴァーリに気付かれる!」

ガタイのいい身体を縮める様にして隠れようとする。
全くの無意味だが、主婦の方々には益々興味を引かれる姿だったに違いない。
男の名はシュラグノー=レジーナ。
いま、正におつかいに駆り出されている少女、ヴァーリ=レジーナの父である。
自分でおつかいを頼んでおきながら、部下まで引き連れて娘の「はじめてのおつかい」が成功するかを見届けに来たのだ。
なんとも子煩悩な男だった。

「お…、ヴァ、ヴァーリちゃんじゃないか?
1人でおつかいかい?偉いねぇ」

「うん!とうさまが『肉食って強くなれ!』っていってね。
かあさまも手が放せないからって」

肉屋の中では客を捌きながらヴァーリの相手をする店主。
ヴァーリは目を輝かせながら、ガラスケースに身を乗り出す様にしている。
なんとも心の和む光景であろう。
店主の顔がわずかながら不自然に引きつってさえいなければ…。

「毎度ありぃ!
お母様にもよろしくいっといてくれよー!」

「はーい!」

無事におつかいという使命を果たし、店主に見送られるヴァーリ。
精一杯に手を大きく上げて満面の笑顔でいま来た道を戻ろうする。
が、振り返ったそこには少女の目にも不自然な人の塊。
主婦で中心は見えないが、確かに男の叫ぶ様な声がヴァーリにも聞こえていた。

「…?」

正面で肉屋の袋をぶら下げて、この謎の映像に首を傾げる。
その時、塊を割って1人の見知った顔が勢いよく眼前に現れた。

「いい…加減にしやがれ!
ヴァーリ見失っちまうだろうがッ!」

(ザザ…、ナイト2よりキングへ!
ダメです、そちらへ行かれては…!!」

「…あ」

やっとの事で人の波を掻い潜り、主婦の包囲網を突破したシュラグノー。
しかし、部下からの通信も甲斐なく、そこでヴァーリと鉢合わせしてしまった。
見上げるヴァーリの真っ赤な瞳には、ただただ呆然とするシュラグノーが映っている。

「逃げようたってそうはいかないわ…って、ヴァーリちゃん…
そ、そうだアタシ急いでんだったわ!」

追いかけて来た主婦だったが、ヴァーリの顔を見るや、そそくさと帰ってしまった。
そのまま主婦たちは1人、また1人といなくなっていく。
シュラグノーは一瞬耐える様な表情を見せるが、すぐに憂いを帯びた顔になる。
しかし、それすら長くは続けさせてはもらえなかった。

「…とうさま?
え…、なんでここに…?」

「え"!?あ~、いや、その…」

無邪気に当然の事を聞いてくるヴァーリ。
我に帰ったシュラグノーはまた困り果てていた。
このあとも、帰宅してからシュラグノーは、真実を知って機嫌を損ねたヴァーリを相手に困り果てるのである。
なんとも子煩悩な男だった。





「それでは、また明日ね
みなさん気を付けて帰るんですよ」

担任のひと言をきっかけに、生徒たちは帰宅する者、談笑に興じる者と別れて行く。
ここはハイクォーヴァー学園。
ヴァーリはこの春に初等部に入学したばかり。
しかし、すでにその頭角は現れ始めていた。

「いっしょに帰りましょ~?」

「あ、ちょっと待ってて」

入学して数ヶ月。
クラスメイトにも普段から行動を共にしていく間柄も珍しくない。
休憩時間、登下園、と。

「~~♪」

そんな中、1人で教室を後にするヴァーリ。
別段に浮かない顔をしているわけではない。
数ヶ月経っても、どうもクラスメイトに馴染めずにいるのだ。
クラスメイトもあまりヴァーリには近付こうとしなかった事も原因の1つではあったが…。

「せんせ、また明日ー!」

「はい、ごきげんよう
廊下は走ってはいけませんよ?」

放課後になり、賑わいを増す学内。
喧騒を小さな背中で聞きながら、ヴァーリは帰路へ着いた。



「ねぇ、とうさま、かあさま
1つ聞きたいんだけどいい?」

レジーナ邸。
ヴァーリは帰るなり、リビングでくつろぐ両親に尋ねた。

「どうかしたの、ヴァーリ?」

自分の大きくなったお腹をさすりながら対応をする母・ネフリータ。
ネフリータは3人目の子を妊娠しており、出産の予定日も近い。
2歳になるヴァーリの妹・フェレトも一緒になって懸命に母のお腹をさすっていた。

「えっとね…、クラスの子がいってたんだけどね。
…『いみご』ってなぁに?」

ガチャン!

その言葉に驚き、シュラグノーはカップを手から滑らせ落としてしまう。
慌ててこぼれた紅茶をテーブルの上に置いてあったナプキンで拭き始めた。
ネフリータも驚きを隠せずに表情が固まってしまっていた。
幼いフェレトだけが、理解出来るはずもなくお腹をさすり続けている。

「…そ、それがどうかしたのか、ヴァーリ?」

紅茶を拭きながら、出来るだけ平静を装う様にシュラグノーは聞き返す。
ネフリータは、ただ眺めているしか出来ていなかった。

「えっとね、よくは聞こえなかったんだけど…。
『いみご』はこわいんだっていってたの」

『忌子』がどういう言葉なのか、全く知識にないヴァーリ。
それが果して幸いしてなのか、シュラグノーは誤魔化してしまう。

「きっと「いいこ」を聞き間違えたんだろう。
ヴァーリの噂でもしてたんじゃないか?」

「ねぇさま、いいこ!」

誤魔化しにしても苦しいと、シュラグノー本人もそう思った。
が、意外にもその重苦しい場を覆したのは少しずつ話せる様になってきたばかりのフェレトだった。
まだ上手く話せないその仕草が、場を和ませる。

「そうね、ヴァーリもフェレトもいいこだもんねー?」

フェレトを持ち上げ、あやしながらそう笑いかけるネフリータ。
ヴァーリもまんざらでもない表情で、嬉しそうにしていた。

「さて、ヴァーリ。
夕飯の前に課題を済ませてしまいなさい」

「はーい!」

会話が一段落したところで、シュラグノーはそう切り出した。
ヴァーリも元気よく、走るようにして自室へ戻っていく
リビングに残った2人をしばらく複雑な空気が包んでいた。

「…つッ!!ぐぅ…」

突如として、静まり返っていたリビングに響く苦悶の音。
そこにはお腹を押さえて唸るネフリータの姿。
感傷にすら長くは浸らせてはもらえない。
慌ててシュラグノーはネフリータに駆け寄った。

「お、おい!大丈夫か、ネフリータ!?」

「予定日が早まったのかしら…。
ば…、婆様に連絡を…!」

少し声を荒げて人を呼ぶシュラグノー。
一気に騒がしくなる屋敷内。
雲行きも怪しくなってきた夕暮れだった。





----遡る事、更に5年前。
イッフィン中心街から少し離れた邸宅。
草木も眠る夜更け時の事。

「ふぎゃあぁぁ!ふぎゃあぁぁ!」

今宵、また1つの生命が、静寂を裂く歓喜の声が産まれ落ちた。

「や、やったぞネフリータっ!無事に産まれたぞ!」

「おめでとうございます、元気な女の子ですよ!」

1人の女性を囲っていた大人達。
その1人1人から、喜びの声が漏れてくる。
やっと訪れた瞬間に感情を隠し切れないでいた。

「…ーク」

そんな中、1人だけ目を見開き、何か小さく呟く老婆の姿があった。
その様子に気付いた助産師が声をかける。

「婆様、どうかなさいましたか?
…お顔が優れない様ですが」

「っ、…ああ、いや…。
少々疲れたらしいのぅ」

その声に一瞬ハッとした表情を浮かべた老婆。
しかし、すぐに平静を取り戻した。

「なぁに、休めば問題ないわい。
明日また定刻に来る。
あとは頼むぞい」

そう一気にいい切ると、返事も聞かず踵を返してしまう。
嬉々として抱き合う夫婦と幼子を背に、わずかな嫌悪感を抱えて…。



翌日、もう日が傾き始めた頃。
同じ邸宅に赤子と、その子を抱く夫婦。
自分達なしでは決して生きてはいけないその小さな身体に、愛おしい眼差しを向けている。

「はは、きっとお前に似た、綺麗な娘になるぞ」

「ふふ、そりゃあ女の子だもの。
あなたみたいにゴツくなったら可哀相だわ。
ねー?」

そういって赤子の頬を軽くつつく。
他愛ない、ありふれた会話。
それさえ2人には、輝かしく聞こえていた。

コンコン

「お館様、婆様がおいでです。お通してよろしいでしょうか?」

扉の向こうからのノックと男の声。
いままで穏やかな風だった2人だが、少し緊張した面持ちになる。
身体が強張っていた。

「いよいよ…か、お通ししてくれ」

「かしこまりました、…どうぞこちらです」

スムーズで定型文の様なやりとり。
どことなく口調まで堅くなっている。

カチャッ

「ふぉふぉ、邪魔するぞい。
ガラにもなく緊張なぞしおってのぅ」

部屋に入るなり茶化す様な態度を取る老婆。
それでいても的確なのは、やはり年の功なのかも知れない。
後ろの助産師は苦笑いだった。

「オレだって好きで緊張してる訳じゃない…。
仕方ないだろう?」

「ふふ、そうよ、婆様。あんまりホントの事いっちゃ可哀相だわ」

慌てる夫に、からかう妻。
その場が微笑ましくなるには十分過ぎるだろう。
しかし老婆は、素直には喜びとも取れない含みのある笑顔を見せていた。

「…婆様?」

穏やかで、厳しくもある、まるで海の様な表情。
違和感を感じたネフリータが思わず声をかけた。

「ふぉふぉ…。
その様子じゃあ、まずは無駄話、というのも酷じゃろうて」

聞こえなかったのか、話を進める老婆。
ネフリータが感じた違和感は、老婆以外の全員に小さく飛び火した。
が、それも一瞬の事。

「さて、早速始めるかの。
『降名の儀』…」

違和感をはっきりと感じ取る暇もなく、今度はピクリと身体を強張らせる。
途端に誰も口を開けなくなってしまった。


『降名の儀』。
それは文字通り、「名を降ろす」古くから伝う儀式。
新生児を加護する存在を霊視し、その存在から名を賜るのである。
名は子への刻印となり、加護する者との関連の象徴、寵愛の証になる。

儀には『降名師』の存在が不可欠であり、この老婆もまた数少ない降名師の1人である。
降名師の歴史は長く、彼らは霊感に優れ、霊視や予言、占術、祈祷なども行っている。
突出した能力が求められるため、なろうとしてなれるものではない、選ばれた者なのである。


「その前に…、すまんがお前達は席を外してくれんかの?」

少しバツの悪そうに、助産師と使用人に目配せしながら呟く。
しかし、その目は異を唱えるのを許すものではない。

「…と、いう事らしい。外してくれ」

戸惑うそぶりを見せる2人だったが、家主のシュラグノーにそういわれては取るべき行動は決まっている。
小さく礼をすると、静かに部屋を後にした。

「どういう事…?」

ネフリータの口から疑問が漏れる。
不透明な不安の色を浮かべて。
シュラグノーはうろたえこそしないが、真剣な眼差しで降名師を見やる。

「一応の。もしかしたら…と思うただけよ。
昨日は…、大きな存在を感じたからのぅ」

そう耽る様にいう。
降名の儀において、加護の主があまりに大きな場合もあり得る。
そういった場合、存在を危険視されたり、利用しようと事件に巻き込まれるケースは過去にいくつもあった。
それを未然に防ぐ為に、または個人の希望から、『必要最低限の人物にしか伝えない』という事前処置もよくある話ではあったのだ。

「そっ、それじゃあ…!」

2人して乗り出す様に声を揃える。
顔から曇りは消え、爛々とした期待の眼差しが現れた。
自分の子供が特別であって欲しい。
全ての親が持っているであろう願望がそこにあった。

「…ふむ」

しかし降名師は何も答えない。
無言のまま、静かに抱かれる赤子の頭を撫で始めた。
2、3度頭を撫で、手を頬にすっと当てる。

さっきの言葉と、今の態度と。
状況は両の親に期待も不安も与えるばかり。
2人にとっては、ものの1分ばかりが、どれほど長く感じられた事だろうか。
その感情の捻れが顔にまで表れようとした時に、2人にとってはようやく、降名師は1つの単語を紡ぎ出す。

「…ラーク」

一瞬静まり返る室内。
1拍置いてどちらかともなく夫婦が見合わせていた。

(ラーク…、聞いた事ある?)

互いが互いにそんな視線を送る。
その様子を察してか、慎重に言葉を進めた。

「ラーク…とは、『神にも等しい力を持つ霊的存在』…の、1つじゃ」

「なっ!」

一気に驚きに支配される2人。
ますます身体が強張っていく。
『神にも等しい』、その言葉の重さを2人が理解しているからだ。

数多の『神』や『神の徒』の加護を得た者。
言葉が示す通り、彼らは神に愛されている。
人そのもの力が強大な事も多く、成功者も数多い。

「それって…!」

さっきまでよりもトーンの上がった声。
2人の視線は、お互いの顔と降名師の顔を行き来する。
その目には確かな希望を携えていた。

「…聞けぃ」

いいかけたネフリータだったが、静かで、それでも威厳ある一言に封じられてしまう。
封じた降名師の目には、心なし俯いていても感じ取れる程の悲哀があった。

「ラークは、確かに神に劣らぬ程の力のある存在の事じゃ。
じゃが…、じゃがの…。
そこに善悪の概念はない。
つまりは…、『悪魔にも等しい存在』かも知れん…」

再び静まり返る室内。
しかし、今度の静寂はすぐには崩れなかった。
親にとって、身を裂かれるより辛い時というのは、確かにあるのかも知れない。
2人の顔は驚愕でも、悲痛でもなく、ただただ『無』だった。

気遣ってか、結果を告げた本人もしばらく何も口を開かない。
開く事が出来なかったのかも知れないが…。

「…………」

沈黙。
3人が3様の、1つにも似た負を持て余している。
相乗された負が広い部屋をも食らい尽くしてしまいそうで…。

悪魔や、それに近い存在が加護する場合、相応の『処置』が施されてきた例もある。
最悪のケースすら考えられたのも理由だろう。

「…じゃから、わしが"縛"をかける」

長く続いた静寂を破ったのは、やはり降名師だった。
打ちひしがれていたのではなく、最良の手を考えていたその人は静かに続ける。

「確かにラークは危険じゃ。
…じゃからといぅてな、そんな事はしとうはない」

呆然として聞き手になるしかない2人。
耳だけは、言葉を一言一句逃すまいと神経を澄ましている。
"そんな事はしたくない"。
気遣いが幾重にも編み込まれた一言だった。

「この子と、加護しておるラークとの糸に、名を以て直接"縛"をかける。
…望ましい名ではなかろうがの。
すまんが勘弁しておくれ…」

降名師は言葉そのものが持つ力を行使する事で、新たな意味を名に付随する事が出来る。
完全に加護する存在との繋がりは断てない。
それ故の"縛"であるが、かなりの効果を持った行為であった。

「しっ、しかし、それでは婆様が…!」

しかし、その行為は運命や真実を捩曲げる事に近く、望まれる事ではない。
反対する者も多く、罰せらる事さえあるのだ。
シュラグノーとネフリータの心中は複雑である。
しかし降名師は、少しばかり表情を緩めるだけで、唇を動かすのを止めなかった。

「この子の名は"ヴァーリ(縛)"。
…ヴァーリ=ラーク=レジーナ」





----それから3年後。
ちょうど妹・フェレトが生まれた頃の事。
3歳になったヴァーリの様子に異常もなく、"縛"の事も忘れかけられようとしていた頃の事。

その頃のレジーナ家にはセルベスという男が務めていた。
彼も前大戦時には、シュラグノーと共に戦場を駆けた歴戦の勇士である。
元々の催事に加え、フェレトの世話で両親共に忙しくなった事もあって、ヴァーリの世話についてある程度まで任されるほどに信用されていた男だった。

事件は何の変哲もないはずだった昼下がりに訪れる。
ある日、本屋に行きたいとせがんだヴァーリは、セルベスと共に散歩がてら街に出ていた。
その帰り道。

「お嬢様、あまり走っては危ないですぞ?」

「だいじょぶ~」

セルベスの注意を振りきって、まだ少し不器用に早歩きするヴァーリ。
この頃のヴァーリには見るもの全てが物珍しく、ただ出掛けるだけでも退屈とは無縁だった。
その好奇の眼差しを振りまく事を、終える術を知らないかの様に。
セルベスも注意はするも、微笑ましくも見守っていた。

「ねぇねぇ、セルベス!
あれ!あの花なんて花~?」

目に留まった鮮やかな赤を指差し、飛び跳ねる様に振り向いたヴァーリ。
しかし、そこには…。

「…セルベス?」

背中に鈍い赤を背負い、地に伏したまま動かないセルベス。
その向こう側には、対照的に鋭く銀に輝き、切っ先を赤く染めた剣を手から下げ、黒いコートを着込んだ男が立っている。
眼下のセルベスに視線を落とし、小さく漏らす様に口を開いた。

「やっと…、やっとカタが付いた…!」

自らを中心に赤黒い水溜りを造っていくセルベス。
ヴァーリはうるさく鳴り始めた鼓動に縛りつけられていた。

男からどういう感情が湧きあがっているのかは、誰にも分からない。
しかし、確かな喜びが読み取れ、小さく震えている様だった。
数秒の間を空けて、ちらっと男がヴァーリへ目線を移す。

「チッ…、子供…か」

またそう漏らすと、チャキッと剣を持ち直しヴァーリに向き直った。
その音に反応して身体をビクつかせるヴァーリ。
当然ながら事態を理解出来ない。

「悪いなお嬢ちゃん…。
私だって気は進まんが…、恨んでくれていい」

「え…、あ…」

剣と同様に鋭い目付きでにじり寄っていく男。
1歩、また1歩と一方的に両者の距離は短くなっていく。
ヴァーリも距離を離そうとしたが、たじろぐばかりで思う様に動けないでいた。

「主よ…、憐れみを。
…すまない」

懇願する様な呟き。
その一言と共に携えた剣を高く掲げ、大きく振り下ろす。

「ッ!!」



数時間してヴァーリは何事もなかったかの様に目覚める。
ただ、倒れる直前の記憶だけを欠落させて。
しばらくの間は、『セルベスどこ?』そればかりを尋ねていた。

シュラグノーとネフリータが駆け付けたのは、事態からほんの少しあと。
現場に残っていたのは、息のない盟友セルベス、深い眠りに就いていたヴァーリ。
そして、全身真っ黒に焼け焦げた『男だった』塊。

後の調べで、当時セルベスについて嗅ぎまわっていた男がいた事が分かった。
その男は大戦中に父親を失っており、それがセルベスのせいだと逆恨みをしていたらしい。
しかし、残された死体の状態が悪く、本人なのかどうかの判断は結局出来なかった。

幸いなのか、そうでないのか。
現場にほとんど人通りはなかった為、その時の目撃者はいなかった。
だが状況や、ヴァーリの加護主が非公開だった事もあり、勝手な人の憶測は飛び交う。
真偽も分からぬまま、事件の尾ひれは水面下で肥大化し、この後、ヴァーリは影で囁かれ始める。

『悪魔の子』、『忌子』と----。




舞台は戻り、レジーナ邸宅。
あれから数時間が経ち、時計の針は真上で重なろうとしていた。
すっかり黒に染まった窓からの景色は、打ちつける水滴に滲んでいる。
崩れた雲からは、止めどなく強い雨が落ちていた。

陣痛が始まったネフリータは、シュラグノーや駆け付けた老婆達と共に一室に籠ったきり、未だに出てこない。
どうやら長引いている様だった。

ヴァーリはというと、時間が遅くなった事もあり、寝る様にといいつけを受け自室のベッドにいた。
しかし、落ち着かないのか身体の向きを変えるばかりで、眠れずにいる。
自分に弟か妹が出来るという期待と、いまも痛みに苦しんでいるあろう母への心配。
早く生まれないかな、ずっとそう、そわそわとしていたのだ。

「まだ…なのかな?はぁ…」

また身体の向きを変え、黒く滲む窓の外へと溜息を漏らす。
複雑な心中は、忙しなさとして態度に表れるばかり。
とても眠れそうではなかった。

ガタガタ…ガタガタ…

「…?」

耳に入る音が変わった事に、すぐに気付いたヴァーリ。
すっと身体を起こし、音のする方を向いた。
見れば、風雨に吹かれて軋む窓と舞い上がるカーテン。

(閉まってたはずなんだけど…、おかしいなぁ…?)

感じた違和感に、数秒ばかりぼんやりとしていたヴァーリ。
が、すぐに窓を閉めるべくベッドから降りようとした。
その時だった。

「ごめんねぇ…、カーペット濡れちゃったねぇ」

聞こえてきた声の方に、バッと目を向ける。
窓の反対側、そこには見覚えのない女が1人立っていた。
両手を合わせ悪びれた態度を取る女。
膨れ上がっていく違和感は、ヴァーリの口を堅く閉ざしてしまう。

「さすがにアタシも出産の予定までは読めなかったけど…。
お陰で手薄で助かっちゃったぁ」

軽薄なノリでそういいながら、ヴァーリに近づいて行く女。
唇に人差し指を当て、じっとヴァーリを見つめている。
ヴァーリもただ目が離せず見つめ返すだけだった。

「んー、ねぇキミさ、ホントに『悪魔の子』なのぉ?」

「…?」

いままで、誰も聞こうとしなかった、聞けなかった事。
それをも軽々しく聞いてみせる女。
しかし、それを本人が知る事もなく、少し口を開けただけで不思議そうにしている。
聞けなかったのですらなく、聞いても無駄だったのだ。

「あっれぇ、違うのかなぁ?
でもでもぉ、お仕事なんだよねぇ…」

シュピンッ

残念そうな素振りを見せつつ、腰から折り畳みのナイフを取り出した。
暗い部屋でもほのかに光をたたえる細身の銀色。

ドクン

その攻撃的で、芸術的でもある様な銀に、ヴァーリは目を見開く。
真っ赤な瞳にその鋭さが映り込む。

「あぁん、怖がんないでぇ…?
こんなに可愛いコなんだもん。
せめて苦しまない様にするからぁ~…、ね?」

ドクン…ドクン…

そういいながらあやす様な口振りで歩を進める女。
裏腹にいい切ると空気は刺す様なそれに変わる。
しかし、女は勘違いしていた。

ヴァーリは怯えてはいなかった。
『近付いてくる他人。』
『携えられた銀。』
『自分に向けられた確かな害意。』
状況の全てがヴァーリの鼓動を速め、白紙の記憶をあぶり出そうとする。

「…ふぎゃあ、ふぎゃあ」

遠くから、微かに聞こえてきた泣き声。
一緒にいくつかの声も聞こえてくる。
ネフリータの長い戦いの末、ついに新たな命が産まれたのだろう。
ヴァーリも女も、一瞬、刻が止まったかの様に動きが止まった。

「産まれちゃったみたいだねぇ。
グズグズしてらんないかもぉ」

「……」

器用にナイフをくるくると回す女。
その言葉に、また2人の刻が動きだす。
が、ヴァーリは完全に自分の世界の中だった。
もうほとんどなくなる2人の距離。

「ホントもったいないなぁ…
でもぉ、ごめんねぇ」

「!!」

そう謝ってナイフを持ち直す女。
だが、謝ったのがいけなかったのだ。
ヴァーリに『向けられた刃と謝罪の言葉。』

増えるピースは、欠けた記憶の欠片になってはめ込まれていく。
無意識にかけていた鍵を自分でこじ開ける。
扉の向こうに何が眠っているのかも知らずに…。



ボゴォン!!

突如起きた爆発。
立ち上がる黒煙。
大きく欠けた邸宅の壁面。
幸いにも、炎は雨ですぐに消えていった。

「う…うぅ…」

露わになったヴァーリの部屋に雨が吹き込む。。
黒ずんだ部屋の、鼻を突く臭いの中で、ヴァーリは力なく床に座り込んでいた。
濡れた顔が涙のせいなのか、雨のせいなのかはもう分からない。

「うぅ…セルベス…」

だらりと天を仰ぎ、呟く。
忘れていたコト、封じていたモノ。
本能が選択した過去を、偶然か必然か取り戻したヴァーリ。

「ぐす…ぐす…、うあぁ…」

気付いた事を誤魔化す事に意味はない。
小さな身体には、決して相応ではない存在。
その主の存在に、今度こそヴァーリは怯えていた。



ヴァーリがレジーナ家の家督を継ぎたくないという意向を示すのはこの数年後の事。
その頃から、他人ともあまり関わろうとしなくなる。
彼女が思う事は、彼女にしか分からない。

「うわあ"ぁぁぁぁぁ…!!」

両手で顔を塞ぎ声を上げるヴァーリ。
雨足は強くなっていくばかり。



2つの産声が雨音に吸い込まれていった----。
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2009/05/15/Fri 22:13:21  Gift./CM:0/TB:0/
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